不全家族に突きつけられる絆の行方は

今月のオススメ本
『エデンの果ての家』桂望実

父に愛されなかった記憶に苦しむ主人公・和弘と、父に溺愛された弟・秀弘との確執を描く。ぶつかり合う父と息子のクッション役として活躍する和弘の妻・久美子の優しさにも注目。標題からも連想されるように、本書は映画『エデンの東』へのオマージュでもある。
桂望実 文藝春秋 1,500円
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 殺害された母親の葬儀の場で、両親から溺愛されていた弟が逮捕された。追い打ちをかけるように弟が容疑者の、別の殺人事件が起きる。弟は本当に殺人者なのか。

「事件の渦中に放り込まれた葉山家は、傍から見れば理想的なエリート一家。けれど内実は、不全家族でした。そこに事件の被疑者と被害者が同時に生まれたら、家族の絆は完全に崩壊するのか。それとも、がっちりと結び直されるのか。それを書いてみたいと思いました」

 男兄弟のいる家族にしたのは、「そのほうがぎくしゃくした関係を描きやすいと思ったから。愛情がないわけではないけれど、感情表現が上手じゃないからうまくいかないというのは、男同士ならではですよね」

 誤認逮捕だと息巻く父。だが弟の裏の顔を知る兄の和弘は混乱する。

「あいつがやったなんて信じられない、いや、やったのかもしれない。振れ幅の大きい感情を書くことはそれほど大変じゃなかったんですが、男ってそもそも口数が少ないし、とりわけ和弘は、自分の気持ちを押し込めてしまうキャラクター。作者としては、『もっとちゃんと自分の気持ちを言いなよ!』と、フラストレーションがたまりました(笑)」

 本書は、和弘たちが弟に有利な証拠を探そうと奔走する第一章と、裁判が始まってからの第二章からなる。裁判員裁判がスタートして以降の流儀の変化に、書く上での難しさがあったと桂さんは言う。

「いまは、裁判でどれを証拠として争うかというのを、弁護士、検事、裁判員であらかじめ決めてしまうんだそうです。つまり、有罪無罪を逆転させるような隠し球というのは持てないわけで、かつての裁判小説のようなカタルシスは生み出せない。その分、どう面白さを出すかと言えば、裁判の進行に沿って揺れる登場人物たちの心情をていねいに描写することかなと。そこは腐心しました」

 事実を追う中で、対立していた父と和弘の関係がどう変化していくかが読みどころ。

「友達親子なんて言葉がありますが、子どもに盲目的な愛情を注いでしまう“母親”は本当の意味では友達にはなれないと思うんです。なぜなら、互いを尊敬する気持ちや、相手の悪いところも受け止める気持ちがなければ友情は育めない。だから、親子でありながら真の友達になれるとしたら父親の方だろうと」

〈「あぁ、頼むよ」〉と父が和弘に言葉をかける、胸にしみるラストシーンまで一気読み必至のミステリーだ。

桂望実 (かつらのぞみ)
1965年東京都生まれ。作家。2003年『死日記』でデビュー。05年の『県庁の星』が映画化され話題に。『恋愛検定』『週末は家族』『我慢ならない女』など著書多数。

 

Column

BOOKS INTERVIEW 本の本音

純文学、エンタテインメント、ノンフィクション、自叙伝、エッセイ……。あの本に込められたメッセージとは?執筆の裏側とは? そして著者の素顔とは? 今、大きな話題を呼んでいる本を書いた本人が、本音を語ります!

2014.10.26(日)
文=三浦天紗子

CREA 2014年11月号
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。

この記事の掲載号

朝食のおいしい部屋

CREA 2014年11月号

Good Morning Room!
朝食のおいしい部屋

定価780円