厳然とある史実を、フィクションでなぞる気持ちで書く
今月のオススメ本
『マダム・キュリーと朝食を』小林エリカ
猫が乗っ取った〈北の町〉に生まれ、いまは〈東の都市〉に暮らす猫、〈北の町に大きな地震と津波がやってきた年〉に〈東の都市〉に生まれた小学5年生の女の子・雛。2つの視点による語りと、散文詩や引用をコラージュした言葉が交じり合う。第27回三島由紀夫賞、第151回芥川龍之介賞の候補に。
小林エリカ 集英社 1,300円
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小林エリカさんの表現は変幻自在だ。放射能や光、戦争などライフワークとも呼べる研究対象を、映像作品やコミック、ノンフィクションエッセイなど多彩な形式で発表してきた。
そして、『マダム・キュリーと朝食を』では、初の本格小説に挑戦。
「ノンフィクションで書くことも勧められたのですが、私はこのテーマでは絶対に、小説でしかできないことをしてみたいと“小説”にこだわりました。書きたいことが膨れ上がり、気づいたら書き終わるまでに2年半、250枚のボリュームに(笑)」
少し先の未来を生きる、猫と少女の日常と連想。それらフィクションと、100年ほど前の人々がどう光を求めたかの史実とが入り交じり、数珠つなぎのエピソードになる。
「たとえば、二十世紀初頭、ニューヨーク、マンハッタンで灯った電球の光は人々の憧れだったし、一方では、その発明競争のためにエジソンらが感電の動物実験を重ねていたという史実もあります。キュリー夫人が発見したラジウムにしても、後世の私たちがそれについていまの考えの尺度を当てはめるのは簡単だけれど、当時の人たちはただ光を求め、その新しさに熱狂していただけ」
歴史が証明するように、何が分岐点となるのか、その選択の結果が善になるか悪になるかがわかるのは、ずっと後のことだ。
「それだけに、私にはいつも“過去”が自分と無縁の遠いものには思えないんですよね。むしろ確実に私たちの“いま”につながっていると感じていますし、私たちがどんな道を選ぶかが、100年後の未来を決めてしまうんだと意識する。こうあるべきという正解は出ないけれど、読んだ人が過去や未来に思いを馳せ、これからの世界を考えるよすがにしてくれたらうれしいです」
本書の面白さに大きく貢献しているのは、歴史書や伝記からはこぼれ落ちそうな、ささやかな逸話だ。
「小説中に出てくる料理本は、おそらくキュリー夫人が参考にしていたのではないかと思うもの。キュリー夫人の娘でもあるエーヴ・キュリーが書き記した『キュリー夫人伝』にはラジウムについての記述のすぐ横に、スグリのゼリーのレシピや娘の成長メモなどがあることにびっくりしたんです。そういう日常の一瞬やディテールに、その人が生きていた痕跡があるように思うし、私はそうしたささやかな声を拾い上げて書き留めたい。それが私を“書く”ことに向かわせている気がするんです」
小林エリカ (こばやしえりか)
1978年東京都生まれ。作家/漫画家。著書に『親愛なるキティーたちへ』(リトルモア)、『忘れられないの』(青土社)、『光の子ども1 』(リトルモア)など。
Column
BOOKS INTERVIEW 本の本音
純文学、エンタテインメント、ノンフィクション、自叙伝、エッセイ……。あの本に込められたメッセージとは?執筆の裏側とは? そして著者の素顔とは? 今、大きな話題を呼んでいる本を書いた本人が、本音を語ります!
2014.08.29(金)
文=三浦天紗子