短いのに、とてつもなく大きなものを感じさせるためには

今月のオススメ本
『A』中村文則

風俗嬢の後をつける男、苦しみを交換する人々、妖怪の村に迷い込んだ男、決断を迫られる兵士、彼女の死を忘れて小説を書き上げた作家……。「魔力」に満ちた13篇を収録した2作目の短篇集。「人の過ちを糾弾する本ではない。ある意味、許す本です」(中村)。
中村文則 河出書房新社 1,400円
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 天才スリ師の冒険奇譚『掏摸(スリ)』、異形の本格ミステリー『去年の冬、きみと別れ』など、純文学とエンタメを融合させる長篇を次々発表してきた、中村文則。最新短篇集『A』では、違った顔を見せている。

「僕は、ほぼ1年に1作、大きな物語を書いているんですが、そこでは書き切れないものが必ず自分の中に出てくるんですね。“このアイデアはすごく面白いけど、この小説の世界観には入れられないな”“このアイデアは実験的すぎるな”と。今作は、長篇では書けなかったものを短篇で表現してきた、7年間の記録です」

 冒頭の2篇「糸杉」「嘔吐」までは、人間存在の“罪と罰”を問う、中村文学ど真ん中をいく短篇なのだ。しかし3篇目の「三つの車両」からは、「だいぶふざけてます」。

「小説のバリエーションを増やしたいんですよ。そのひとつとして、読んでる人が“なんでだよ!”と思わずツッコミを入れたくなってしまうものを書きたかった(笑)」

 シュールで、実験的で、心地よい戸惑いを味わえる短篇が続く。その先に、表題作「A」が出現する。わずか13ページの中に、先の大戦において無数の日本兵が感じていたであろう、極限の恐怖が書き込まれている。

「小説家は、時代と共に生きています。かつて日本がアジアの国々に対して行ってきたことの議論が活発になっている今、その現実に対して何も言わずに小説を書くのは僕には無理だなと思ったんです。今の議論を見ていて足りないところは、その時生きていた個人に思いを馳せることなんじゃないのか。きっと彼らはものすごい孤独を感じていた、それを一人称で書くことで、戦争をリアルに感じるきっかけになればと思いました」

 「A」には、中村が考える短篇の極意が詰まっている。

「男が兵隊に取り立てられるところから始めれば、長篇小説になるんです。でも、あえてクライマックスだけを取り出して書きました。ぎりぎりまで短くして、密度が濃いものだけを提示することで、長篇並みの体験をしてもらいたかった。短いのに、十数分で読めてしまうのに、とてつもなく大きなものを感じてしまう。そこが短篇の醍醐味だと思うんですよ」

 現在は、過去最長長篇を執筆中だ。

「小説として巧いかどうか、面白いかどうかの他に、もしかしたら僕が一番大事にしているのは、“魔力的なもの”を帯びているか否か。今回の短篇集は、うまくいったんじゃないかと思っています。次の長篇は……魔力全開です!(笑)」

(C)SHINJI KUBO

中村文則 (なかむらふみのり)
1977年愛知県生まれ。作家。2002年『銃』でデビュー。05年『土の中の子供』で芥川賞、10年『掏摸(スリ)』で大江健三郎賞、14年米でデイビッド賞など多数受賞。

Column

BOOKS INTERVIEW 本の本音

純文学、エンタテインメント、ノンフィクション、自叙伝、エッセイ……。あの本に込められたメッセージとは?執筆の裏側とは? そして著者の素顔とは? 今、大きな話題を呼んでいる本を書いた本人が、本音を語ります!

2014.09.19(金)
文=吉田大助

CREA 2014年10月号
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。

この記事の掲載号

大人の肌と髪

CREA 2014年10月号

「上質」は、つくれる!
大人の肌と髪

定価780円