場面によって急速に変化する役を緻密に歌い上げる

殺された騎士隊長は石像の幽霊となり、不道徳を悔い改めるようドンに警告するが……。
『ドン・ジョヴァンニ』(2014年10月公演より) 撮影:寺司正彦/提供:新国立劇場

――エレートさんが演じるドンは、知的なカリスマ性があるのではないでしょうか。

「まず第一に、ドンは貴族なのです。どんなに汚い面やダークな面を持っていても、彼は貴族ゆえにたいていのものは手に入る身分です。それが手に入らない場合にのみ、実力行使に出る。ふだんは荒っぽくて粗野な部分を出す必要はないと解釈しています」

――そういう選択は、演出家や指揮者ではなく、最終的には歌手が行えるものなのですか?

「私はそう思います。指揮者はテンポを指定しますから、歌手の表現には大きな影響を与えますが、声でどう表現するかはわれわれの手中にあるし、責任も負っているんです。ドンはとても変化に富んだ役で、相手役の女性たちによっても変わっていきますし、男たちによっても変わります。ひとつのレチタティーヴォの中でも大きく変化する部分があり、最後は声楽的にも極限の声を求められるシーンが待っている。まだこの役を演じ始めたばかりですが、他の歌い込んだオペラと同様、毎回違うことが起こると想像しています」

天の裁きによりドンは奈落に落ち、悪のシンボルを失った世界は太陽を失った世界同様になる。
『ドン・ジョヴァンニ』(2014年10月公演より) 撮影:寺司正彦/提供:新国立劇場

――勢いで歌い飛ばすのではなく、ものすごく緻密に考えて歌われている……。

「こんなに面白い役を勢いだけで歌い飛ばすなんて、私には勿体なくて出来ません。モーツァルトもダ・ポンテもとても重層的な物語としてこれを書きました。勢いだけで歌うなんて、彼らに申し訳ないですよ(笑)」

2014.10.21(火)
文=小田島久恵
撮影=山元茂樹