舞台上の建物が本当に燃やされる

 オペラというと、豪華な衣装や古典的な世界を想像する方も多いかもしれないが、大胆な読み替えやアバンギャルドなオペラ演出が盛んなドイツ語圏の中でもとりわけバイロイト音楽祭は、とても現代的でめちゃめちゃ「攻め」た演出で知られる。かくいう今年が初演版となる『パルジファル』もそうだった。

 まず、演出においては一部の希望した観客に対して、事前にサイズ調節までしたARゴーグルが配られ、舞台上の美術やビデオと、ゴーグルに映るARヴィジュアルとがシンクロするという技術的にもかなり新しい手段が用いられた。

 僕はARゴーグルなしの席を取っていたので、ARゴーグルの中でどのような世界が展開していたのか知るよしもない。ただ、パンフレットやネット情報によれば、ゲームのドラゴンクエストやファイナルファンタジーにも似た、宇宙規模のヴィジュアルが用いられていたようである。

 ARゴーグルなしの席で見た僕の率直な感想としては、正直「前の『パルジファル』のほうがよかったな……」といったところだ。舞台上にさまざまな象徴物を登場させ、特に2幕目のクリングゾルの館の場面はビデオ・アートも衣装も美しかったが、全体として物語の骨格と演出意図がうまく噛み合っていないように感じた。しかしARという最新技術を使った挑戦的な試み自体はバイロイトらしくて良いと思う。

 今年見た演目の中で強い印象を残したのは『リング』と『タンホイザー』だった。

 『リング』においては本来モノであるはずの「ラインの黄金」(そしてそれで鍛えられた世界を支配する力を持つ指環)がひとりのアジア系少年として擬人化されていた。この少年は最終夜「神々の黄昏」において主要登場人物の一人で英雄・ジークフリートを騙し殺すハーゲンへと長じてゆくのだが、これ以上はネタバレになるので控える。

 前回の演出は資本主義の成立と発達から崩壊に至るまでをアイロニカルに描き、最終夜「神々の黄昏」の3幕目では、舞台上のニューヨーク証券取引所の建物が炎に包まれ燃え落ちる(本当に燃やされた)という演出で、毀誉褒貶があった。

 いや、バイロイトの演出において万人が「ブラボー」というような作品はないのだが。今年の『リング』は子供の人身売買や小児性愛、過剰な消費やブランド志向、銃社会など現代的な問題意識がかなりふんだんにちりばめられたものだった。観客の反応は4夜を通じて概ね良かったが、かといって「ブラボーの嵐!」という感じではなかった。

 『タンホイザー』は、たしか2019年の初演の際に、日本のNHK BSでも放映されたものである。

 タンホイザー役は現代最高峰のワーグナー唄いのテノールであるクラウス・フローリアン・フォークトが務めたが、前奏曲で映されるビデオや、劇中でもライブビデオが効果的に用いられ、観客を見事に虚実のあわいの不思議な世界に誘うことに成功していた。

 ヴェーヌスの支配するヴェーヌスベルクは古いシトロエンのバンで、そのバンでワーグナーによく似た小人症の青年や黒人ドラァグクイーン「ガトーショコラ」と一緒にガソリンを盗んだり、偽造クレジットカードでバーガーキングの商品をせしめたり、警備員を轢き殺して逃走するビデオシーンなどは、劇画的な魅力に満ちていた。

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