「ママ!」
ユキも黒川の方へ腕を伸ばしかけた拍子にクーラーボックスからずり落ちかけ、窪田はユキを抱え直して「ちゃんとつかまっててね」と声をかけた。
「今からママのところに戻るからね。ユキちゃんは、とにかくこのクーラーボックスにつかまっていること。できる?」
「うん」
ユキがうなずくのを待ってから、ロープの端をクーラーボックスの取っ手に結びつける。さて、どうすれば最も早く安全に助けられるか。窪田は改めて辺りを見渡した。平らな場所であればロープを引き寄せてもらうのが一番だが、黒川の娘を抱えて岩場を登るとなるとかえって危険だ。向こう岸は浅瀬になっているが、そこに行くまでに流れに身を取られないとも限らない。
「おい、俺もそっち行くか?」
黒川の隣から、窪田と同じ水泳部だった但馬が顔を出した。窪田は「但馬はそこにいてくれ」と返す。いくら元水泳部とはいえ、着衣のまま、しかも水の流れがある川においては溺れる可能性がないわけではない。目の前で溺れている人がいればとにかく早く助けたいと思うものだが、衝動的に救助に向かってはならないのだ。もしここで要救助者が二人に増えたら、救助のハードルが跳ね上がってしまう。
窪田は十メートルほど下流に子どもを抱えてでも登れそうな岩があるのを見つけた。
「あそこまで流れていきたいんだけど、もう少しロープを延ばせるか」
顎だけで下流を示すと、但馬は首をねじって窪田の視線の先を確かめ、「了解」と言って立ち上がる。しばらくして「但馬くん!」という黒川の声が聞こえてきた。
「但馬くん一人で持ったら流れに引っ張られてしまうかもしれない。杭のところからヒューマンチェーンを作って長さを稼ぐから、最後の人がロープを持つようにして……」
「ヒューマンチェーン?」
「前後交互に並んで互いに手首を握り合うの。そうすれば簡単には手が離れない」
黒川は早口に言った。そのまま声を張り上げて他の面々にもヒューマンチェーンのやり方を説明していく。
