「ユキ!」
黒川の悲鳴が一拍遅れて耳に届いた。その悲壮な響きに、一瞬、たった今自分が目にした光景が何だったのかわからなくなる。
それでも身体は勝手に動き、気づけば岩場の先端まで駆け寄って下を覗き込んでいた。水面までは一・五メートルほど。「ユキ!」黒川がもう一度叫ぶのと同時に、小さな頭が水面を割って現れ、またすぐに沈む。
「ユキ!」
「子どもが落ちたぞ!」
黒川の声と、背後からの誰かの声が重なって聞こえた。
「助けて窪田くん!」
名前を呼ばれ終わるよりも早く、窪田はテントへと走る。クーラーボックスを引ったくって逆さにし、蓋を閉めながらサンダルとTシャツを脱ぎ捨てた。
「ユキ!」
「黒川はここにいろ!」
岩場から身を乗り出した黒川の肩をつかんで引き戻す。ユキの位置を確認し、その一メートル横にクーラーボックスを投げて自分も飛び込む。
冷たい水が一気に全身を包み、目を開けると青緑色の視界の中に白い腕が見えた。一回水面に顔を出し、息を吸い込んでからもう一度潜る。水中で四肢を動かしている背後から抱きかかえるようにして水面に出た途端、ユキが激しく咳き込み始めた。窪田は「もう大丈夫だよ」と声をかけながらクーラーボックスを視認して片手だけで水を搔く。
幸いユキはパニックになることもなく、浮いたクーラーボックスにしがみついてくれた。
「そうそう、落ち着いていてえらい。これにつかまっていれば怖くないからね」
窪田は意識的にゆったりした口調で語りかけ、黒川にも「今から上がる」と声を張り上げる。すると黒川は岩場からすばやく姿を消した。窪田が顔を前に戻し、とりあえず安全なところへ、と水の流れを見極めていると、
「窪田くん!」
黒川の声と共にロープが落ちてくる。窪田は反射的にその先をつかんだ。
「ロープの先をどこかに固定できるか」
「もう固定してある!」
黒川が叫ぶような声音で答え、「ユキ!」と身を乗り出す。
