逆らわず、誇張することもなく
時々銀色に光る太刀魚の尻尾がはみ出したビニール袋を持って、ゆっくりと木造の階段を上る彼の母親とすれ違うことがあった。住宅の裏手には古い市場があり、毎朝大西洋で獲れた新鮮な魚が並べられていて、地元の人々で賑わっていた。階段でのすれ違い際に「ポルトガルの魚はおいしいですね」と一言声をかけると母親は照れ臭そうに「息子はこの市場の魚で育ったのよ」と微笑んでいた。そしてそのあとに、調理した太刀魚をお裾分けだと届けてくれた。
この街で出会う年老いた人々はみな慎ましい。彼らが謙虚で静かな人種に思える理由のひとつとして、ポルトガル語という言語の特徴が少なからず関わっている気がしないでもない。ポルトガル語は、単語のほとんどが母音で終わるイタリア語のように強い音を持った言語ではないから、傍で普通に会話をしている人の声が、ひそひそと内緒話をしているように聞こえることもある。明るくおおらかでセンチメンタルなブラジルのポルトガル語と比べても、フォーマルで内向的な印象が強い。言語のストラクチャー自体が大声で喚けるような構造になっていないように思う。
文化的にも言語的にもポルトガルはイタリアやスペインと同じラテン系という括りではあるが、彼らの多くは伝統的な礼儀作法を重んじ、大袈裟で情動性に酔いしれるような表現は滅多にしない。男性は美しい人が目の前を通り過ぎても安易に振り返ることもなければ、女性たちも常に男性たちの数歩後ろに控え、でしゃばることはあまりない。ポルトガルの人たちがそれほど男女の差異に執着していないのは、彼らの人生においてそれ程重要なことではないからなのかもしれない。
そんな人々の暮らす街の佇まいも、また同じく慎ましい。リスボンの街中で目につく、風化し、修復される気配もない、表面の剝がれたパステルカラーの家屋の漆喰を見ていると、この国では流れる時間に対してですら、逆らう意識もそれを誇張する執着も持たないのが当たり前なのだと感じさせられる。
CREA Traveller 2026年夏号
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。
