移りつつあった、身体と生き方の理想像
だがその無自覚の好奇心と、時代の趨勢とは無縁ではないはずだ。ルノワールの描く豊満な女性ではなく、すんなりしたピカソの「アヴィニョンの娘たち」へ、言い換えれば多くの使用人にかしずかれた、「運動」を必要としない女性から、高等教育と職と自らの意志を持ち、自動車を乗り回し、帽子も被らずひとりで街を闊歩する女性へ、身体と生き方の理想像そのものが移りつつあった。
「アヴィニョンの娘たち」が描き上げられる1年前、1906年にポワレはコルセットを着けないハイウエストの「ヘレニック・スタイル」を発表。もちろんウィーン工房をはじめ、コルセットからの解放は同時多発的に各地で試みられていた現象だが、ポワレの与えたインパクトの大きさは特筆すべきものだった。あるいは、空間的にはギリシャを中心とする古代地中海世界やオリエント、イスラム世界であり、時間的には中世ヨーロッパのゴシックや、イタリアのルネサンスに深い共感を寄せ続けたマリアノ・フォルチュニイによる、絹サテンの不規則なプリーツが全身を覆う(三宅一生の作品を思わせる!)ドレス「デルフォス」。もしくは身体そのものの形と相似形ではない服=着物の、色や柄、素材、形状の上での異国趣味ではない、その意味の大きさに気づいたヴィオネらによる、服の構造に対する根本的な認識の変化──。
現代のモードに通じる道を切り拓いた先駆者たちにインスピレーションを与えた民族衣装を、その同時代に記録した『ナショナル ジオグラフィック』誌の貴重な写真100点、また神戸ファッション美術館が所蔵する、この時代の衣装やファッション写真とをコラボレートさせたのが、今回の「世界のファッション─100年前の写真と衣装は語る─」展だ。
それぞれの地域の文化を濃密に反映した衣装とそれをまとう人々の、多彩で誇りに満ちたポートレート。セシル・ビートンやジャック・アンリ・ラルティーグらがとらえた、最新のモードに身を包んだ美しい女性たち。マネキンに着せられた20世紀初頭の各地の民族衣装の実物と、それらのバリエーションのひとつのようにも見える、ポワレやヴィオネのドレス。
以来100年のモードの変化に、この時代に匹敵する「進化」はあったのか、あるいは今後起こりうるのかという考察や、ヨーロッパのモードも、ある文化に固有の、いわば「民族衣装」なのだという相対化の視点など、観る者をさまざまな思考に導いてくれる展覧会だ。
『世界のファッション―100年前の写真と衣装は語る―』
World Costume and Fashion: A story of 100-year-old photographs and costumes
URL http://www.fashionmuseum.or.jp/
会場 神戸ファッション美術館
会期 2014年7月19日(土)~10月7日(火)
休館日 水曜日
料金 一般 500円 ほか
問い合わせ先 078-858-0050
Column
橋本麻里の「この美術展を見逃すな!」
古今東西の仏像、茶道具から、油絵、写真、マンガまで。ライターの橋本麻里さんが女子的目線で選んだ必見の美術展を愛情いっぱいで紹介します。 「なるほど、そういうことだったのか!」「面白い!」と行きたくなること請け合いです。
2014.07.26(土)
文=橋本麻里