「生きるということの大切さや人間である意味を伝えられる作品」
小倉連隊に配属された嵩を待ち受けていたのは、理不尽な暴力による支配だった。しかし上官の一人・八木信之介だけは厳しいながらも暴力を振るわなかった。八木はインテリだが幹部候補生の試験を受けていない変わり者という設定で、軍隊組織の中にありながら、その価値観に完全には染まりきれない人物として描かれている。
妻夫木は『あんぱん』について「台本を読んで、『希望の物語』だと感じていました。見た方に少しでも生きるということの大切さや人間である意味を伝えられる作品です」(婦人公論.jp、6月13日)と語っている。

八木は嵩の才能や人間性を誰よりも理解しており、八木の口添えで幹部候補生試験を受けた嵩は乙種幹部候補生となる。妻夫木は出演の経緯について「朝ドラに出演するのはずっと夢というか目標でしたので、オファーをいただいて率直にうれしかったですね。仕事で米・ロサンゼルスにいるときに、制作統括の倉崎憲さんが『考えているものがあるので』と言ってくださったのが最初でした」(同上)と明かしている。
転機は映画『悪人』への出演
妻夫木のこうした作品選択の背景には、年齢を重ねることで得た心境の変化がある。20代は自分らしさに迷い、30代で自分を捨て、40代で自分を認めることで、ようやく自由に生きられるようになったと語る妻夫木だが、転機は映画『悪人』(2010年)への出演だった(ORICON NEWS 2022年11月26日)。

それまでは役を自分に引き寄せていたところから、自ら役に歩み寄るようになったというのも大きな変化だったという。デビュー20年目を迎えた頃には、小さなことでも映画やドラマの制作側に立ち一緒に企画を作り上げていきたいと語り、40代に入り、より能動的に作品と向き合う姿勢を見せている。
八木のモデルはサンリオ創業者か
ちなみに、八木信之介のモデルはサンリオ創業者の辻信太郎氏とされている。やなせたかし氏とも親交があり、戦後にはサンリオを通じて「みんなを幸せにする」事業を展開した実在の人物をモデルとすることで、八木というキャラクターに戦中から戦後への連続性を持たせている。
2025.08.27(水)
文=田幸和歌子