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大人が言ってしまう“逆効果な言葉”

 そして、若い人自身にも周りの大人にもぜひお伝えしたいことがあります。

 厚生労働省の人口動態統計によると、例年、男女とも10~14歳、15~19歳、20~24歳、25~29歳の死因の1位が自殺です。近年は30~34歳の1位も自殺です。日本では、若い人の死因のトップは自殺なんです。

 この年代の脳は大人の脳とかなり違うのです。最も異なる点がストレス耐性です。

 私たちヒトは、ストレスを受けるとTHPというホルモンが脳内で分泌されます。このホルモンは不安を抑えるブレーキの役割を果たすのですが、10代の脳では逆にアクセルとなり、不安を増幅させてしまいます。

 そのため、何か不安なことがあると、その不安がとても大きく感じられてうまく対処できない。こんなことでは自分は社会に出てもうまくやっていけないのではないかと、悲観してしまうのです。

 多くの大人は、かつて自分も不安だったということをすっかり忘れています。若い人に向かって「気にし過ぎだ」「繊細過ぎる」、あるいは「俺だって克服してきたんだ。お前もそうしなさい」などと言ってしまうのはかえって不安を増大させ、逆効果です。その不安も、多くの場合はご自身の力が解決したのではなく、“時”が解決したのです。

不安な気持ちは、自分の力を伸ばす原動力になる

 若い人たちは、自分が傷つきやすく不安でいることがどんなに辛くても、それは生理的なものであって、それがむしろ正常な状態なのだということを知っておいてください。かならず時が解決します。長いように見えても、確実にその不安は霧散して、感じていたことすら忘れてしまう時が来てしまうのです。

 若い時代に不安を大きく感じる、ということには意味があります。

 不安があれば、備えを怠らなくなる。一生懸命勉強したり、何かスキルを身につけようとしたり、二度と同じ失敗を繰り返したりしないようにと緊張感が高まったりなど、総じて学習効率が上がるのです。

 不安は、辛い気持ちとセットではありますが、自分の力を伸ばす強い原動力ともなっているのだということを、ぜひ知っておいてほしいと思います。

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中野信子(なかの・のぶこ)

1975年東京都生まれ。脳科学者、認知科学者。東日本国際大学教授、京都芸術大学客員教授、森美術館理事。東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修ア。医学博士。2008年から10年までフランス国立研究所ニューロスピンに勤務。著書に『サイコパス』(文春新書)、『新版科学がつきとめた「運のいい人」」(サンマーク出版)、『新版人は、なぜ他人を許せないのか?」(アスコム)、『児の脳科学』(講談社+a新書)など。「大下容子ワイド!スクランブル」(テレビ朝日系)他テレビ出演も多数。

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2025.08.08(金)
文=中野信子
写真=平松市聖