小学生を恐怖のどん底に突き落とした女たち

――私が小学生のとき本気で怖かったのは「口裂け女」ですが、あれはまた「学校の怪談」とは違うものになりますか。
「口裂け女」の大流行は70年代半ばから79年ごろで、当時は「学校の怪談」という言い方自体がなかったんですよね。舞台も学校の中というわけではなかったので「学校の七不思議」とも捉えられていませんでしたが、今から考えると「学校の怪談」のジャンルに入れていい話だと思います。
当時の小学生の間で、学校の中や塾帰りなどにものすごい勢いでコミュニケートされ、伝播していった話なので。ちなみに私は、「人面犬」直撃世代で、小学校の3、4年生のときに大流行しました。あれもやはり学校の中に出てくるわけではないですが、子どもたちの間で学校で語られたという意味では「学校の怪談」の一部と言えます。
「口裂け女」と違うのは、リアルに出合う可能性があって怖いというわけではなく、ちょっとコミカルな存在だった点ですね。
人面犬の噂は以前からあったものの、当時の小学生が人面犬を知ったのは、テレビや雑誌からだったので、「友達のお兄ちゃんが見たんだって」といった噂とは別ものなんです。大人たちがメディアで広めている噂なんだなというのは、子ども心に分かるから、面白いけど実在はしないんだろうな、という感じで受け止めていた。
――吉田さんが本気で怖いと思った話はありますか?
90年代のはじめくらいに聞いた「カシマさん」ですね。(※手足あるいは下半身を切断されるなど悲惨な死を遂げた女性が訪れ、何らかの文言を唱えないと殺されてしまうといった話)
都市伝説や「学校の怪談」としては、口裂け女よりも古い話で、レジェンドレベルの大ボスなんですが、ドーンと流行したわけではない。でも、ゆるゆると子どもたちの間で語り継がれているんです。人面犬よりも背景がしっかりあってリアルだし、「仮面のカ、死人のシ、悪魔のマのカシマさん」といった呪文を言えないと殺されてしまう、というのも怖かったですね。
――やはり「学校の怪談」というのは、口コミだからこそ怖いんですね。
そう思います。例えば「塾で聞いたんだけど」みたいな話でも、顔見知りの生徒あるいは先生から本当にあった話という形で聞くからこそぐっとリアルに感じられて怖いし、他の人にも話したくなるんだと思います。

――今の子どもたちも、同じでしょうか。
その点は変わらないと思いますよ。「学校の怪談」の縦軸は変わっていない。我々だって何十年も前の怪談を語り、怖がってきたわけですし。「トイレの花子さん」は2020年代の今も子どもたちの間で語られている。ただ、いかんせん、「学校の怪談」を語られる「場」が今はだいぶ減っています。
――コンプライアンスの問題などによって、ですね。
ひと昔前のように、教師が授業そっちのけで怪談を語るみたいなことは、はっきりと禁止されているわけではないけれど、やりにくくなっている。本気で怖がる子が出て親からクレームが来るかもしれないし、それ以前に今の先生たちはものすごく忙しい。そんな余裕はないのかもしれません。
1990年代の「学校の怪談」と、インターネットを子どもたちが使いこなす今の「学校の怪談」とでは、定義や様相も変質しています。でも、90年代の「学校の怪談」こそが本物で、それ以外がダメという話ではないんですよね。
「学校の怪談」を考えるということは、「学校」と「怪談」の両面から今という時代や教育現場を読み解くことに繫がります。ですから、怪談にあまり興味のない教育関係者の方、親御さんも、ぜひ『よみがえる「学校の怪談」』をお手にとっていただけたらと思います。
吉田悠軌(よしだ・ゆうき)
1980年生まれ。東京出身。怪談・オカルト研究家。怪談サークル「とうもろこしの会」会長。オカルトスポット探訪マガジン『怪処』編集長。実話怪談の取材および収集調査をライフワークとし、執筆活動やメディア出演を行い、研究と実践の双方で現代の怪談界を牽引。著書に『日めくり怪談』(集英社文庫)、『教養としての名作怪談 日本書紀から小泉八雲まで』(ワン・パブリッシング)ほか多数。
X @yoshidakaityou

よみがえる「学校の怪談」
定価 1,540円(税込)
集英社
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2025.08.07(木)
文=伊藤由起
写真=佐藤 亘