インターネット登場以降の「学校の怪談」とは

――子どもたちがインターネットに触れるようになった2000年代以降、「学校の怪談」はどのように変質したのでしょうか。
90年代までは「学校の怪談」として前述したような2段階の定義の変質があったのですが、インターネットで仕入れた話を、語り部が小学生だとしてもインターネットで語るのは、さすがに「学校の怪談」とは言えないのでは、となってきます。でも、インターネットで拾った話だと……?
第3段階として「学校の怪談」をどう捉えればいいのか。それを探るために、さまざまな識者やクリエイターに話を聞き、論考をまとめたのが、『よみがえる「学校の怪談」』なんです。
――日本近代文学研究者の一柳廣孝さん、文化人類学・民俗学研究者の廣田龍平さん、『地獄先生ぬ~べ~』の著者・真倉翔さんと岡野剛さん、怪異・妖怪愛好家の朝里樹さんらといった、その道のオーソリティが「学校の怪談」をテーマに考察する。これまでにない本に興奮しました。
現時点で「学校の怪談」を定義するのは非常に難しい。私は普段、怪談を語っているので、「怪談」の定義にはこだわってきましたが、「学校の怪談」においては「学校」という場についてしっかり考えざるを得ないのだということが、この本を製作しながらわかってきました。

――そもそも、大人が小学生の実態を調べるのって難しいですよね。自分の子どもがいない場合はなおさら。
90年代の「学校の怪談」ブームでは、そういう需要もあったと思います。学校という場で子どもたちがどういう話をして、どうコミュニケーションを取っているのかということを、「学校の怪談」を通して知ることができるという。
子どもたちが何を恐れ不安に感じているかということに注目して読んだり、社会学的な視点から読んだ大人もいたでしょう。それは今もそうです。私自身、今の子どもたち、教員やPTAも含む「学校」では、どのように語りの場が形成されているのか。そもそも学校ってどういう場になっているのかということに、興味を向けざるを得なくなっています。
2025.08.07(木)
文=伊藤由起
写真=佐藤 亘