目が覚めるとOさんは……

「先輩、着きましたよ」
振り返ると後ろの席からOさんが立ち上がっていました。
「……ん、席移動した?」
「いや、私ずっと後ろでしたけど」
「え、『その節はありがとうございました』って」
「……え?」
いつにもなく暗い表情のOさんを訝しみながら向かった駅のホーム。そこでOさんが話してくれた内容は衝撃的なものでした。
Oさんは疲れた様子のAさんに気を使って後ろの席に座った後、自分も強烈な眠気に襲われて窓に寄りかかってうつらうつらしてしまったのだとか。すると、Aさんが席を移動して隣に腰掛け、手をそっと握って話しかけてきた、というのです。
「だから、先輩も同じように私が隣に来たっていうからびっくりしちゃって……」
お互い言葉に詰まっているうちに電車がきてしまい、答えも出ぬままその日は別れたそうです。
◆◆◆
翌日の夕方過ぎ。
その日はバイトが休みだったAさんは午後の授業をすっぽかして寝入っていたそうです。
ふと目を覚まして携帯を見ると、旅館から留守電が入っていました。
ドタドタと室内を走り回っているような大きな物音。そして、3人くらいの大人の半狂乱の叫び声。かろうじて聞き取れたのは『なんで言われた通りにやらないの!』という言葉だけでした。
翌日、速達で【仕事は無くなりました】という手紙だけが届き、残りのお金はついぞ振り込まれなかったそうです。
2025.08.09(土)
文=むくろ幽介