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「本当にお札が見つかったら嫌だからやめてよ」

 ベッドのある空間に入ると、すべての電気が薄暗い。

「やっぱりこの部屋、無理! 他を探そうよ」

 Iさんは耐えかねてフロントに連絡する。

「すみません、宿泊料金は払いますので、部屋を出たいんですが」

「どうかされましたか」

「ちょっと気持ち悪くて、とにかく出たいんです」

「それは無理ですね」

「え、なんでですか?」

「一度入られますと、朝まで出られないシステムなんです」

 Iさんは何度も懇願したが、フロントは「出られません」の一点張りだった。

「もうあきらめて、せっかくやからお札とか探そうや」

 冷蔵庫にあったビールを飲んで調子のいい彼氏は、壁にかけられた絵の裏を見たり、ベッドの裏をのぞき込んだりしてお札を探しだす。

「本当にお札が見つかったら嫌だからやめてよ」

 ふざけた彼氏を真剣に止めようとするものの時すでに遅し、冷蔵庫の裏にお札が貼ってあるのを見つけてしまう。

「どうしよう、まさか本当にあるなんて……」

 お札があるということは、何かが出るということだろう。知りたくなかった。しかし見てしまった事実はもう消すことができない。

2025.07.26(土)
文=松原タニシ、CREA編集部
写真=志水 隆(人物)