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愛之助さんはジム・キャリー演じるあの“怪人”のよう

沢城 今回はいつもとはちょっと違う峰不二子を意識しました。

 いつもは、自分の目的を叶えたいときに「ね~え?」と媚びることで、自分の夢を前に押し進めていくのが不二子ちゃんですが、今回はその方法を使いませんでした。ただ「媚び」という不二子的な一手を剥ぎ取られると、ただの女スパイ・峰不二子になってしまうので、音響監督の清水さんにご指摘いただきながら、「媚びなくてもどこかかわいい、なんか許せちゃう不二子ちゃん」を作っていきました。

愛之助 僕は声優のプロではありませんから、今回声優さんの中に入れていただくというだけでハードルが高く、それこそおこがましい気持ちでいっぱいでした。

 普段は歌舞伎俳優として、身体で表現することを生業としていますが、声優のみなさんとご一緒させていただいて、これまでの自分はなにひとつ身体で表現などできていなかったのではないかと痛感したほどです。

 何しろ、声優のみなさんは声一つで喜怒哀楽を表現するという離れ業をいとも簡単にやっておられる。微妙な違いなのですが、本当に「七色の声」を使い分けておられて、声優のみなさんってすごいなと改めて思いました。

沢城 愛之助さんこそ、すごかったです。『マスク』(94年)という映画で、ジム・キャリーが演じたスタンリーが、魔力のあるマスクをかぶると超人的な怪人に変身するじゃないですか。その怪人・マスクに変身している時に、ギャングと相対するシーンで、敵地に手ぶらで乗り込んでいったのに、パッと両腕を広げると、両腕が何十本ものマシンガンに変わっている場面がありますよね。愛之助さんのアフレコは、まさにあのシーンのようでした。

 愛之助さんの芸の引き出しの多さというか、手数の多さに、私たちレギュラー声優陣は贅沢にも頼らせていただいたとありがたく思っています。

愛之助 さすがにジム・キャリーのマスク超人は買い被りすぎですが、僕が演じたムオムは、途中からセリフがなくなりますから、どう表現したらいいかは本当に手探りでした。最初は普通に人間の言葉を話しているので、まだ役作りもできましたが、途中からは「ウー」「アー」しか言わなくなりますから、もう壮大すぎてどうしようか悩みました(笑)。

――それで、どうされたのですか?

愛之助 僕はいつも芝居をつくるときはお客さまの目線になります。観客目線になった時に、この「ウー」「アー」だけで成立するのか、それともある程度聞かせたほうがいいのかを今回は考えました。具体的に申し上げると、母音だけで喋ったほうがいいのか、それとも、観客を飽きさせないようにするには変化をつけたほうがいいのか……というようなことを監督ともいろいろご相談しながら作り上げていきました。

沢城 愛之助さんは普段の発声と歌舞伎をおやりになる時の発声が違うと思いますが、本作ではそのどちらとも違う “音”としての声を発揮されていたのがすごいなあと思いました。音の高低だったり、倍音を駆使して音に響きと深みを生み出したり、まさにマスクの怪人のようでした。山寺(宏一)さんがよく使われる同業に対しての最大級の賛辞で「こいつ、潰さなきゃ…!」って文言があるんですが(笑)今回の愛之助さんの演技の深さは、それを超えて、本当に魅力的でした。

愛之助 ちょっと待ってください、とんでもないです……!

沢城 しかも私たちがラッキーだったのは、今回「白箱」という、セリフだけの状態で一度通して聞かせてもらえたことです。

 音楽や効果音が入っていないので、愛之助さんが演じてくださった生身のお声のままではっきりと聞ける。だからなおさら、“怪人・愛之助”の技を存分に味わえて、「うわ~っ!」と感動しました。

愛之助 それを言うなら僕のほうです。今回、基本的に収録は一人で、ほかのどなたかとご一緒になることはなかったのですが、自分がアフレコをする時に、すでにほかの声優さんのお声が入っている部分もありまして、「あ、ルパンだ!」「不二子ちゃんだ!」といちいち興奮しました。

 僕が普段大好きで聞いている「ルパン三世」の世界のキャラクターたちとしゃべれることに感激しながらアフレコをさせていただきました。

2025.07.05(土)
文=相澤洋美
撮影=鈴木七絵
ヘアメイク=沢城みゆき:チチイカツキ、片岡愛之助:ヘア=山崎潤子/メイク=青木満寿子
スタイリスト=沢城みゆき:河野素子、片岡愛之助:九