巨大な波に、飲み込まれながら生きること
……と、そこまで考える頃、ようやくホルモンバランスはいくらか落ち着きを取り戻し、私の目には太陽の光が久しぶりに快いものとして差し込んできた。
4月のパリの陽は長く、19時前でもまだ昼下がりのような明るさだ。カフェのテラス席は賑い、心地よい風が吹き抜ける。
眼の前には少しでも体調をましにしようと注文したデトックスジュースが運ばれてきている。人参とリンゴと柑橘と生姜の入った鮮やかなオレンジ色のジュース。吸い込んでみると、思いのほか美味しい。Kは向かいの席でノートパソコンを開き、フランス語に疎いわたしの代わりに通販の問い合わせメールを代筆している。火鍋を食べに行こうか、と提案し、少し移動して大きな火鍋専門店に入る。きのこのふくよかさや、漢方の滋味を繊細に追っていると、さっきまでの狭窄した思考がほどけてきて、フラットな感覚が戻ってくる。
この地上でどれほどの、ただそうあるだけのことが、まるで罪であるかのように定義されてきたのだろう。少なくともここに人間がこんなにもいて、火鍋の香辛料を調合した人も、それをあたためるコンロを発明した人も、眼の前で汗を流しながら私が食べ切れない肉や野菜をかきこんでくれる人も、そもそも存在の由来自体が、月経の苦痛と無関係ではないのだ。これがただの罪や罰であるはずがなく、きっと本当にただ波のようなものなのだ。それに誤った名付けをして自己憐憫に浸るのはもうやめにしよう、と何度目かの誓いを立てる、きっと来月の同じ頃にはまた見失われている誓いを。生命の原初まで通じる巨大な波に、飲み込まれながら生きることを自分にゆるしながら、私はこの視座を失いたくないと思った。
戸田真琴(とだ・まこと)
「いちばんさみしい人の味方をする」を理念に、文筆活動・映像制作等で活動中。『あなたの孤独は美しい』(竹書房)、『人を心から愛したことがないのだと気づいてしまっても』(角川書店)、『そっちにいかないで』(太田出版)などの著書がある。短編小説の執筆や詩の提供など、形式を問わず積極的に文筆活動を行う。
X @toda_makoto
Instagram @toda_makoto

Column
DIARIES
編集部が注目している書き手による単発エッセイ連載です。
(タイトルイラスト=STOMACHACHE.)
2025.05.16(金)
文=戸田真琴