
とびきりのいい女である、「山口」と「こころ」。数少ない大切な友達がふたり、私のもとから去っていく――魔法のない時代に生きる女たちの「魔女」たちとの交流を描いたエッセイ、第6回です。(前篇を読む)
時を同じくして、もうひとりの友達、こころから「4月から半年間沖縄で暮らす」と連絡をもらった。こころもまた、高校時代からの数少ない私の友達である。とはいえ同じ学校に通ったことはいちどもなく、知り合ったのはSNSだ。ネット上で少し幅を利かせていた男に代わりばんこに交際を申し込まれた私たちは、広いネットの世界で互いの存在を知り、それからなぜか仲良くなって、もう10年以上の仲になる。大学では離島研究会に所属していて、卒業後も離島に足しげく通っていた彼女が、ついに沖縄の離島で住み込みの仕事をすることを決めたらしい。本人は「とりあえず半年」と言っているが、私はなんとなく、彼女はいちど行ってしまったら、こんな鬱陶しい都会にはにどと戻ってはこないような気がしている。こころもまた私より長身で、イギリス人の父を持つ美しい女である。仲間思いで働き者で、気取らずさっぱりとした性格、酒をよく飲み、料理も上手。そしてときどき不安定な情緒。私が知る中でいちばんのいい女だ。あまたの男が彼女に狂うのは、池の鯉が跳ねる程度のありふれた光景だった。私はいつもそれを、多少の愉快さと、彼女への労りが入り混じった思いでぼんやりと眺めている。それに私も例にもれず、こころと一緒にいると甘えた振る舞いをしてしまう。彼女が他の友達と話しているところでいじけて泣いたり、ついつい弱音ばかり吐いて慰めてもらおうとする。きっと私だけではないのだろう。彼女の親ですら、みんな彼女に甘えているのだ。そんな彼女が離島の広い海で、缶チューハイ片手に過ごしたいと考えるのは、私には自然なことのように思えた。
原稿を書き終えて、今日が最後の出勤だという彼女が働くバーに向かった。こころに餞別の美容マスクを渡し、一緒に遊んだこともある山口の話をすると、こころは「相変わらずだねぇ~」と大きな声で笑って、またひとくち酒を飲んだ。こころも2週間後には沖縄へ行ってしまう。私の数少ない友達がふたり、海を越えて私のもとから去っていく。今生の別れというわけではないけれど、やはり寂しくなってカウンター越しにこころとふたりで何杯もテキーラを飲んだ。沖縄へ行くことが決まった数週間前にも、私とこころはこうして飲んでいた。帰りのタクシーで、彼女が「島で暮らせるのが、ほんとうにうれしいの」と言っていたことを思い出す。泣きそうな声でそんなことを言うから、私は少し驚いてしまった。泣きたいほど暮らしたい場所があるなんて、私には経験がない。誰もがどこかに生きるべき場所があって、それは生まれ育った街とは限らないのかもしれない。私にも、世界のどこかにそんな場所があるのだろうか。私は彼女たちのように、遠いどこかで生きてみたいと考えたことがない。数日の旅行ですこし遠出するだけでも心細くなってしまう。私は自分が気に入った場所が、できるだけ過ごしやすくなるように日々小さな工夫をし続ける。生まれた場所や、家族に手が届く範囲で生きて、きっとそのまま大きな変化を望まずに死んでいくのだ。今のところ、損な生き方をしているとは思わない。それでもやはり、身軽に飛んでいく彼女たちのことが、少しだけ羨ましくも感じている。
2025.05.06(火)
文=伊藤亜和
イラスト=丹野杏香