私たちはそれぞれの場所を見つけて人生を歩いていく
少し飲んで帰るつもりが、結局ふたりともへべれけになって終電を逃してしまった。来る時には土砂降りだった雨が店を出るころにはすっかり止んで、大通りで轢かれそうになりながらタクシーを拾い、暗い車内で、ずっとお互いの手を握っていた。
「アワが頑張ってるのほんとうにうれしい。ココはねぇ、アワがなんでもないときからずうっと“アワはぜーったい大丈夫だよ”って言ってたでしょ? アワは大丈夫だよ。近くにいなくたって、アワのことずっと近くに感じてる」
こころは回らない呂律でそんなことを言っていた。タクシーの運転手からしてみれば、どうしようもない酔っ払いのセリフ程度に聞こえていただろう。でも、これがこころのすべてなのだ。ガイジンと呼ばれ続けて、誉めそやされて軽んじられてきた私たちのすべてで、手を握り返して「うん」と相槌を打っているだけの私が、彼女に伝えたいことそのものだった。
「島にも遊びに来てね。アワのベイビー(恋人)にも会わせてね。アワもアワの大事な人も、ココはみーんな大事にしたいの」
「わかった。絶対行くね」
「食事も泊る所も全部まかしてね、ココが全部やるから」
私が先にタクシーを降り、酔いでぼやけた夜の中に走り去っていく車に小さく手を振り見送った。私はここでなにができるだろう。こうやって少しずつ手放して、私たちはそれぞれの場所を見つけて人生を歩いていく。泣き上戸の私だが、今日に限っては穏やかな気持ちのまま、ベッドの中で眠りに落ちた。
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伊藤亜和(いとう・あわ)
文筆家・モデル。1996年、神奈川県生まれ。noteに掲載した「パパと私」がXでジェーン・スーさんや糸井重里さんらに拡散され、瞬く間に注目を集める存在に。デビュー作『存在の耐えられない愛おしさ』(KADOKAWA)は、多くの著名人からも高く評価された。その他の著書に『アワヨンベは大丈夫』(晶文社)、『わたしの言ってること、わかりますか。』(光文社)。

Column
伊藤亜和「魔女になりたい」
今最も注目されるフレッシュな文筆家・伊藤亜和さんのエッセイ連載がCREA WEBでスタート。幼い頃から魔女という存在に憧れていた伊藤さんが紡ぐ、都会で才能をふるって生きる“現代の魔女”たちのドラマティックな物語にどうぞご期待ください。
2025.05.06(火)
文=伊藤亜和
イラスト=丹野杏香