アンパンマンが生まれた背景
中園 私が今回「あんぱん」でいちばん書きたいのがそこです。ドラマ全体を貫くテーマになっているんです。やなせさんがたどり着いた答えは、『やなせたかしの生涯』にあるように、「もし、ひっくり返らない正義がこの世にあるとすれば、それは、おなかがすいている人に食べ物を分けることではないだろうか」という究極の自己犠牲の行動でした。それがアンパンマンにもつながっていく。

梯 アンパンマンが生まれた背景には、やなせ先生が「弟のように早くに亡くなった人の命がそれで終わりなのはひどすぎる。何か受け継がれるものがあるはず」と考えざるをえなかったことがあると思うんです。今回の取材で発見したのですが、弟の千尋さんの写真にやなせ先生が添えた文章に、千尋さんが「兄さんはきっと偉くなる人だ」と言ってくれたとありました。
先生にとって弟は「一族の輝く星」で、コンプレックスを抱いたこともあったけれど、本当にかけがえのない大切な兄弟でした。アンパンマンの造形にも、千尋さんを見出すことができます。そんな風に、私はノンフィクションとして、先生の人生が完結した後の地点から、生涯全体を見渡す視点で書きました。一方、ドラマは同時代的に先生を描けるので、中園さんがどう描いてくださるか楽しみです。
女性の生き方の変化
中園 占い的には、今、100年単位の大きな変化の時期なんです。世の中の価値観がガラッと変わろうとしている。私も25年前は能天気なラブストーリー、シンデレラストーリーを書いていましたが、今はそういうのは通用しない。
梯 女性の生き方も大きく変わっている。
中園 「ハケンの品格」を書いたときに非正規雇用の女性たちと仲良くなって、今も時々食事をしたりするんです。明日がどうなるかわからない、いつ派遣先から契約を打ち切られるかわからない、そういう不安でたまらない日々を、暴動も起こさずに健気に生きている彼女たちに、この朝ドラを通して元気を与えられたらなと。
梯 私は会社員時代、どうしても嫌な上司がいて、「私はこんなことをするために生まれてきたんじゃない」とフリーの道を選んだ。当時は、時代が進めば女性がもっと活躍できる社会になっているはずだと、楽観的に考えていたんです。
でも30年経って、現実はそうなっていないどころか、もっとひどくなっているのではと愕然とすることがあります。若い世代に対して、私になにかできることがあったのではないか。これからでもすべきことがあるのではないかと思うようになりました。
●「アンパンマンのマーチ」の歌詞が教えてくれること、『詩とメルヘン』編集部で梯さんが間近に接したやなせさんのダンディさ、20年前に雑誌の取材で会った中園さんが占いで的中させた梯さんのあるできごとなど、対談全文は『週刊文春WOMAN2025春号』および「週刊文春 電子版」でお読みいただけます。
文:川上康介 写真:釜谷洋史
かけはしくみこ/1961年熊本県生まれ。ノンフィクション作家。北海道大学文学部卒業後、『詩とメルヘン』編集者、編集プロダクション起業を経て、2005年『散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道』で単行本デビュー。同書は第37回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。
なかぞのみほ/1959年東京生まれ。脚本家。日本大学芸術学部放送学科卒業後、広告会社勤務。退社後占い師として活動後、88年「ニュータウン仮分署」で脚本家デビュー。代表作に「やまとなでしこ」(2000年)、「ドクターX」(2012年~)、「花子とアン」(2014年)など。


やなせたかしの生涯 アンパンマンとぼく(文春文庫 か 68-3)
定価 770円(税込)
文藝春秋
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2025.04.03(木)
文=川上康介
写真=釜谷洋史