脚本を書くにあたって、これまでと違うこと
梯 やなせ先生とは子どものころに文通していたそうですね。
中園 文通もしていたし、何度もお会いしている。いつかやなせさんのことを書きたいと思っていて、実は「花子とアン」のときにも提案していたんです。でもそのときは朝ドラの主役はやはり女性の方がいいと言う意見があって。
梯 でも今回はそれが通った。
中園 そうなんです。私が断られるのを覚悟でやなせさんの名前を出したら、プロデューサーが「ちょうどやなせさんのことが気になって本を読んでいたんです。やなせさんの人生を妻である暢さんを主人公に描いてみませんか」と本を出して。そこまで言われると断る理由がなくて(笑)。

梯 実在の、しかも自分の知っている人物を描くというのは難しいものですか?
中園 私が書く脚本ってほとんどモデルになる実在の人物がいるんです。そういう人に取材をしてそこから物語を膨らませていく。ただこれまでと違うのは、今回は誰もが知る人物を描いているから、こだわる部分が多いかな。現場から修正の依頼がくると、いつもはサッと直しちゃうんですけど、今回は「やなせさんはそういうことを言わない」と、頑張って抵抗しています。
やなせ先生の魅力
梯 具体的にはどういう部分ですか?
中園 よく言われるのは「たかし少年がウジウジしすぎる」(笑)。でもそこが変わってしまうとやなせさんじゃなくなる。
梯 そう思います。なんというか、マッチョじゃないところが先生の魅力なんですよね。もともと引っ込み思案で、両親と早くに別れたことから、寂しがりやの少年になった。それで本が好きになって、きれいな絵や詩に心ひかれて……。センチメンタルで、ちょっと気が弱いところはずっと変わらなかった。

中園 まさに、そういうグズグズしているやなせさんが好きなんです(笑)。実はやなせさんは遅咲きで、54歳で刊行した絵本『あんぱんまん』は「自分の頭を食べさせるヒーローなんてグロテスクだ」と言われ当初ほとんど売れず、『それいけ! アンパンマン』のアニメがヒットして国民的作家になるのは69歳のころなんです。
梯 若いころは三越の宣伝部員として、今も残る「華ひらく」の包装紙のデザインに携わったり、30代で退社して独立後は舞台装置やシナリオ、アニメ映画のキャラクターデザインなどで「困ったときのやなせさん」と頼られるけれど、マンガ家としてはヒット作に恵まれなかった。
2025.04.03(木)
文=川上康介
写真=釜谷洋史