悲しいときでもユーモアを忘れない、やなせ先生らしさ。

中園 興味深いのは、やなせさんは嫉妬の感情をマンガ『無口なボオ氏』などの作品に正直に書いているんですよね。「漫画協会の旅行に自分だけ呼ばれなかった」とか、少し下の世代の天才である手塚治虫への嫉妬、そして頭もよく明るい性格だったけれど、海軍に志願し、若くして戦死してしまった弟・千尋への嫉妬とか。でも、そういう気持ちを表現するって、かえって男らしいなと強さを感じるんです。

 やなせ先生の人生を追いかけていくとドラマの前半は悲しいことが多いから、ウジウジしたたかし少年ばかりが描かれることになるのでは?

中園 そこは朝ドラですから、そうならないようにしています。悲しいシーン、さみしいシーンで泣かせるのは簡単なんです。でもそれで終わるようにはしません。

 毎朝15分のなかで、ちゃんと元気にさせる。

中園 そのつもりで書いています。それにどんなに悲しいときでもユーモアを忘れないというのもやなせさんらしいかなと。

「正義が逆転する」ことを体験した世代

 今、社会的にいろいろな変化が一気に押し寄せていてなんとなく不安を感じている人も多いと思うんです。そういう時期だからこそ朝ドラは希望を持てるようなものであってほしい。

中園 やなせさんの世代って、戦争とその終結によって「正義が逆転する」ことを目の当たりにしたわけですよね。だから資料の少ない暢さんの戦中戦後を描くときには、あの当時の真面目でまっすぐな女の子がどう生きたのかを考えました。

 茨木のり子さんしかり、橋田壽賀子さんしかり、みんな軍国少女だったわけです。きっと気の弱いやなせ先生のお尻を生涯叩いていた暢さんの中にも、世の中がひっくり返るという体験が大きく影響していたんじゃないかと思いました。

 正義の戦争だと信じていたのに、それが突然くつがえされた。他国へ攻め入ったことはたしかに過ちだけれど、戦友や弟は何のために死んだのかと、やなせ先生は終戦後に悩みぬきました。

2025.04.03(木)
文=川上康介 
写真=釜谷洋史