だが、るいはとある誤解から安子に裏切られたものと恨み、安子に“I hate you.”と言い放って拒絶する。これに絶大なショックを受けた安子はるいを捨て、懇意となっていた進駐軍将校のロバートと米国へ行ってしまう。
高校卒業後に雉真家を出て大阪で暮らし始めたるいは、大月錠一郎と結婚し、京都で回転焼き屋を営む。1965年に長女・ひなたが生まれ、成長したひなたは時代劇好きが昂じて映画撮影所に就職する――。
さて、問題の錠一郎である。彼は戦災孤児であり、安子と稔が通っていた岡山のジャズ喫茶のマスター・柳沢定一に引き取られた。錠一郎が最初に定一に出会った時、名前を聞かれて「ジョウイチロウ」とだけ答え、「苗字は?」の問いには黙り込む。そこで定一が大きな満月をみて「大月」という苗字を付けてやった。姓が異なるので、錠一郎は定一の「事実上の養子」である。
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るいも大阪生活では、子のいない気のいい夫婦が営むクリーニング屋に住み込みで雇われ、娘同然に可愛がられた。錠一郎が2人にるいとの結婚を願い出た時は、夫が「娘をよろしくお願いします」と頭を下げている。こうした血の繋がらない「家族」は珍しくはないのである。
戸籍を新たに作るには
小説、映画、マンガなどにおいて主人公が孤児であるという設定は和洋を問わず割と多い。『赤毛のアン』『オリバー・ツイスト』『家なき子』『ハリー・ポッター』等々。主人公が貧困や差別といった逆境を乗り越えていくという“上昇”と、不遇の幼少期と打って変わって人生の成功を収めるという“逆転”の物語を描く上で、孤児というのはおあつらえ向きの設定だからであろう。
ただし、「孤児」とひと口にいっても、まったく生みの親を知らぬ場合と、幼くして親と死別ないし離別した場合とでは、境遇がまた異なってくる。右記の作品の主人公はいずれも後者に属する。
2025.02.22(土)
文=遠藤正敬