エミューが脱走…「とても焦りました」

 ちょっとした事件もあった。

 グルートが来てから1、2カ月が経った頃のこと。サホさんの仕事は海外との交渉がメインで、昼過ぎに自宅で海外とのオンラインミーティングを終えてふと庭を見ると、そこにいるはずのグルートの姿がない。

「すぐに庭に出て探しましたが、どこにもいなかったので、とても焦りました。車に轢かれたら終わりですし、辺りには野良猫もいます。呼んでも返事をしたり駆け寄ってくることもないので、自分で探し出さない限り、命が失われてしまうと思いました」

 まだ身体も小さかったので、見つけることさえできれば、捕まえること自体はそう難しくはない。サホさんは犬のリードを手に「グルート!」と大声で呼びながら、あたりを探し回った。ご近所の庭や畑にも許可を得て、入らせてもらった。

 やがて、隣の家の庭でたたずむグルートを発見した。

「グルートの近くにその家のおじさんがロープを持って座っていたので、『ごめんなさい! その鳥、私の鳥です!』と駆け寄って、お詫びとお礼を述べました。おじさんは『とても大人しいけど、誰の鳥かわからなかったら、ついさっき拾得物として警察に連絡しちゃったとこなんだ』と」

 改めておじさんにお礼を言ってから、首にリードを巻いて連れ帰った。グルートは少し興奮気味で、羽や身体に多少傷もあったが、大きなケガはなかった。

「とにかく、ホッとしました。生きててよかった! 脚のケガがなくてよかった、って。2本足で巨大な体を支えているので、脚のケガは致命傷になりかねないので」

脱走事件の“その後”

 行方不明になっていた時間は実質30分から40分ほどだった。後ほど通報を受けた警察官が家に様子を見に来たが、「犬も元気そうだね」と特におとがめもなかった。

「どこから逃げたのかは正確にはわかりません。木のフェンスの隙間は子犬も通れない幅にしていたんですが、おそらくフェンスが重なっているわずかな隙間に無理矢理、身体をねじこんで、出てしまったんだと思います」

 この脱走事件があってから、フェンスの隙間には金網を張った。

 この“事件”がきっかけというわけではないが、サホさんの家にエミューという珍しい鳥がいる、ということは、ほどなくご近所の知るところとなった。

「近隣のお子さんや保育園の園児たちが“エミュー、みせてください”ってやってきたり、農家のおじいさんが“これ、エミューは食べるかね”と言って野菜をもってきてくれたり……グルートのおかげでご近所との交流は明らかに増えました」

 そればかりではない。

「ご近所で農園をやっている人に言われたんですが、グルートがウチに来てから、猿やイノシシによる農作物への被害が明らかに減ったそうです。やっぱり、日本の里山では普通、見かけない生き物なんで、猿たちも警戒して近寄らなくなったのかもしれません」

 グルートの存在自体が地域に思わぬ恩恵をもたらしているのだ。

2025.02.08(土)
文=伊藤秀倫