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いつのまにか、私の世界の基準は東京になった

 東京で女子大生として過ごした4年間、女子大生としてできることはほとんどすべてやったような気がする。ガールズバーで働いたり、夜通し飲んだり、新宿の珈琲貴族で朝まで男を待ったり、社長しか来ない怪しいパーティーに参加してみたり、華やかな女子大生ではなかった私にさえ、若さを引き換えにしたいろいろな経験があった。東京には半端なところがない。汚い所は汚いし、綺麗なところは徹底的に綺麗に整えられている。いつのまにか、私の世界の基準は東京になった。東京から毎日電車で地元に戻り、その景色を注意深く見てみると、掲示板には、形を真似ただけでべつに内容は秀逸でもなんでもないApple風のキャッチコピーの張り紙が張り付いている。「駅前に、住む。」ってなんだよ、普通に「駅が近い!」って書けよ。商店街の、なんともむず痒い文章で書かれた注意書き、なんのひねりもない駅のマスコットキャラクター、チョコペンで雑にデコレーションされた地元のパン屋のパン。そういうものを見つけて、私はたまらなく不安になる。まるで、世界に置いていかれたような気になって、はやく東京に戻らなくてはと思う。卒業して6年経っても、私の世界は東京のまま。東京で働き、東京で飯を食っている。最近暮らし始めた渋谷の近くのマンションは、駅から10分ほど歩いたところの新築デザイナーズマンションである。わざわざ10分も歩いて6畳しかない1Kに住むような人間は、おそらく私含め、東京に毒されている。毎日深夜2時を過ぎたころから、どこかの部屋の情緒不安定な住人がドタドタと暴れはじめて、私だって暴れてやりたいと思うこともあるのだ。

 大学を卒業したあと、ユリ子はキャビンアテンダントになって沖縄へと移住した。ユリ子ほどの美人は、きっと遊び飽きるまで東京で楽しく暮らしていくのだろうと私は思っていたのだが、彼女は東京になんの未練もないのか、あっさり沖縄へと飛んで行ってしまったのだった。私とユリ子とは、いったい何が違ったのだろう。

伊藤亜和(いとう・あわ)

文筆家・モデル。1996年、神奈川県生まれ。noteに掲載した「パパと私」がXでジェーン・スーさんや糸井重里さんらに拡散され、瞬く間に注目を集める存在に。デビュー作『存在の耐えられない愛おしさ』(KADOKAWA)は、多くの著名人からも高く評価された。最新刊は『アワヨンベは大丈夫』(晶文社)。

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Column

伊藤亜和「魔女になりたい」

今最も注目されるフレッシュな文筆家・伊藤亜和さんのエッセイ連載がCREA WEBでスタート。幼い頃から魔女という存在に憧れていた伊藤さんが紡ぐ、都会で才能をふるって生きる“現代の魔女”たちのドラマティックな物語にどうぞご期待ください。

2025.02.04(火)
文=伊藤亜和
イラスト=丹野杏香