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自分の中にあるものをとにかく早く伝えたい

――言葉で悩んだ上坂さんだからこそ、それが武器になったのは感慨深いですね。短歌については「たった31文字なら自分にもできそうだし、お金も時間もかからないからコスパがいい」と言われています。

 私の場合、とにかく自分の中にあるものを「早く伝えたい」という気持ちが強くて、短歌はその点、最速で行けるから好きですね。

 たとえば「美しい夕焼け」を表現したいときに、油絵で表現すると作業時間だけで数十時間はかかるけど、短歌は31文字だから5分あれば一応は書ける。場所も道具もお金もほとんど必要ないし、SNSで簡単にすぐに発信できる。そういう意味でコスパがいいし、とにかく早く伝えたい自分には合ってるなと思いました。

――確かに、同じ言葉を使った表現でも、短歌は小説なんかよりも最速で行ける。

 小説の方が時間がかかりますよね。そもそも他人の気持ちがわからないので、恥ずかしながら小説で表現されていることが理解できないこともたくさんあります。私小説ならまだしも、抽象的な恋愛小説とか群像劇はすごく難しいですね……。その点、短歌は視点が作者一人でブレないから嬉しいです。

エッセイは「作者にとっての真実」を書ける

――やる気さえあれば誰でもすぐに始められて、すぐに発信・共有できる。そんな短歌のスピード感は、昨今の短歌ブームを大きく後押ししている気がします。

 短歌は始めるハードルは低いと思いますが、そこからがしんどくて……。やればやるほど、短歌の難しさや奥深さを目の当たりにしています。

――少ない言葉で伝えることって、実はいちばん難しいですよね。

 そうなんですよ。たった31文字で感情を伝えるって、めちゃくちゃ難しい。言葉の少なさでいえば俳句の方が少ないけど、俳句は「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」みたいに、実際の風景を詠む感じ、つまり写実性が高いと思います。それに対して、短歌はその人の感情や心象が色濃く出る。「事実」より「真実」がより濃くて、それが難しいけど楽しいです。

――上坂さんのいう「真実」とは、その人にとって生きる上での拠り所となるような――?

 そうですね。「事実」とは違う、本当のことみたいな……。私は短歌って、その人の中にしかない「真実」をあぶりだす文芸だなと思います。私の短歌には、私にとっての「真実」があるけど、それを読んだ人が感じる「真実」は、私が感じた「真実」とは違う形かもしれない。人の数だけ真実が存在するところが短歌の魅力だなって思います。

 今回エッセイを書いてみて、短歌と比べて文字量が多いぶん、具体的なことが言いやすいとか、ファニーな話がしやすいという違いは感じましたが、「作者にとっての真実」を書けるという意味で真実味が高いし、私は短歌に近い魅力を感じています。

2024.11.28(木)
文=井口啓子
撮影=佐藤 亘