「あらあら、あたしったらダラなこと言ってしもたね。なあんも気にせんでいいが、いつかあんたもわかる日が来るさけ」

 あれから十三年。朱鷺はもうすぐ二十歳になる。

 橋を渡り、主計町の通りを過ぎてゆく。帯に挟んだ根付鈴がちりちり鳴っている。暗がり坂の先にお宮があり、近づくにつれ初詣の人が多くなった。朱鷺はショールをそっと顔の前でかき合わせた。いつもの華やかな芸妓姿とは違い、粗末な普段着の朱鷺に気づく人はいないと思うが、それでも知っている誰かと顔を合わせたくなかった。

 ――元旦の朝九時、拝殿の裏で待っとる。

 浩介から手紙が届いたのは年末だった。

 ――大事な話があるんや。朱鷺が来るまでずっと待っとるさけ。

 浩介はひとつ歳上で、建具職人として働いている。父親は浩介が生まれた時には行方知れず、母親も幼い頃に流行り病で逝ったという、天涯孤独の身の上である。その後、丁稚奉公として建具屋の親方に引き取られて今に至っている。不運な身の上であるにもかかわらず、投げやりになることもなく、真面目で心根の優しい男だ。

 出会いは三年前に遡る。浩介が親方のお供で座敷に連れられてきたのが始まりだった。緊張した面持ちで浩介は隅っこの方に座っていた。親方から酒を勧められ、断れぬまま杯を重ね、すっかり悪酔いしてしまった浩介に、水を運んだり濡れた手拭いを当ててやったりと介抱したのが朱鷺だった。それは新米芸妓の役割でしかなかったのだが、浩介にとってはいたく胸に響いた出来事だったらしい。

 翌日、浩介が梅ふくに現れた。昨夜の醜態を詫び、「これを」と、根付鈴を差し出した。

「こんなもんで恥ずかしいんやけど、どうしてもお礼がしたくて」

 と、恥じ入るように頰を紅潮させた。

「そんなん、気にしんでもよかったがに」

 とはいえ、朱鷺はその愛らしい贈り物を手にして胸が弾んだ。時折、客から高価な簪や帯留めを貰ったりもするが、そこには必ず下心が見える。何の思惑もない浩介の気持ちが素直に嬉しかった。

2024.10.26(土)