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「チャン・ギハと顔たち」による達成

 マカロニウエスタンのサントラへの憧憬を自らの作品に焼き付けるという意味で、21世紀において最も着実な成果を挙げたのは、韓国のバンド、チャン・ギハと顔たちだと思う。彼らは、さまざまな音楽ジャンルを横断する広義の歌謡性というニュアンスの勘所をしっかりと押さえている。

 このグループを率いたチャン・ギハは、韓国映画『密輸 1970』に最高の劇伴を提供しているので、ぜひご覧いただきたい。なお、チャン・ギハは筆者が愛してやまないIUと3年にわたって交際していたことがある。うらやましい限りである。

 話が長くなった。すなわち、橋幸夫は、一つのジャンルとして確立されたイタロディスコへの安易なアプローチにこそ手を染めなかったが、結果として、イタリアにルーツを求めることができるディスコサウンドを、見事に換骨奪胎していたのだ。

 潮来の伊太郎を歌う股旅歌謡「潮来笠」でデビューを果たし、その後、股旅ルネッサンスを通過した「股旅’78」でうっすらとイタリアを遠望させた橋幸夫は、伊太郎=イタロという円環を見事に完結させた。ちょっと感動する。

 これまで183枚(!)ものシングルを発表している橋幸夫だが、筆者が推薦したいベストの一枚は、70年にリリースされた「俺たちの花」。

 こちら、作詞は橋本淳、作編曲は筒美京平という最強のタッグによるナンバーである。曲調は、同じ時期に筒美がペンを執った「サザエさん一家」(あの番組のエンディングテーマ)に近い。

 つまり、ブラジル北東部にルーツを持つバイヨン風のリズムをベースに、同時代のR&Bを咀嚼した16ビートの感覚が全体を貫き、ハーブ・アルパート&ザ・ティファナ・ブラスに想を得たであろうアメリアッチの風味が加わって高揚感を否応なく高める。

 そしてこの曲では、そこに、和風の主旋律と鉦や太鼓がにぎやかに鳴り響くお囃子が融合。その背景では、筒美が愛したバート・バカラックのごとき流麗なストリングスと女声スキャットが洗練美を添える。聴く者は、この上ない幸福な祝祭感に包まれる。

 和洋のマリアージュによるモダニズム歌謡の一つの極致であると讃えたい。戦前において、マキノ雅弘がミュージカル映画『鴛鴦歌合戦』でスクリーンに顕現させたものと同等のサウンドスケープが、ここには広がっている。

 ところで、問題は、現在の橋幸夫である。彼は、2021年10月、約1年半後に歌手活動からリタイアすることを表明し、全国119カ所で華々しく引退興行を行い、23年5月3日、80歳の誕生日をもって、63年間のシンガー人生から身を退いたのであった。

2024.09.19(木)
文・撮影=ヤング