「アイデンティティ」の概念の提唱者として知られる心理学者のエリク・エリクソンは、乳児期から老年期まで人生には各発達段階で達成すべき心理社会的課題があり、老年期の課題は「アイデンティティの統括&尊厳vs絶望(integrity vs despair)」だと提唱しました。人生を振り返って自分が誰であるかを統括すること、そして次世代への貢献を実感する中で自分の人生に尊厳を抱くこと。老年期においてはそれこそが生きる目的になり、実際にそれを達成した場合に得られるのは「叡智(wisdom)」だとエリクソンは提唱しています。

 今回、私は、浜田さんとの最初の出会いから数十年の時を経て、その個人的で大切なストーリーを受け止め、伴走させていただけることをとてもありがたく思っています。

 私たち二人の対話のなかでは、浜田さんが経済学者として大きな業績を達成されながら、その成功もまた病の引き金の一つとなったかもしれないこと、アカデミアの世界から政策アドバイザーに軸を移され、ハイプレッシャーだと予想された安倍政権下での仕事が実は助けになっていたことなど驚きのストーリーが語られるでしょう。また、精神科の入院病棟での他の患者さんや医師、看護師たちとの交わりは生き生きとドラマに満ちていて、読者の方々の精神科へのイメージをいい意味で裏切ってくれるかもしれません。もちろん一番大切なお話は浜田さんご自身の闘病の実体験、そして息子さんへの思いと愛です。

 本書のタイトルは「うつを生きる」ですが、本書を通じて人生を生きるとはどういうことなのか、という普遍的な問いをみなさんと深めていけたら幸いです。


「はじめに 精神科医と患者の対話」より

うつを生きる 精神科医と患者の対話(文春新書 1463)

定価 1,078円(税込)
文藝春秋
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2024.08.02(金)