日本人の精神科医が来たと聞きつけたイェール大学経済学部の方から浜田さんの話を聞いてもらえないかと相談され、浜田さんと母は交流を持つようになりました。その後我が家が日本に帰国してからも、相談を受けながらの母と浜田さんとの交友関係は続き、私が医学部卒業後に研修医として渡米してからは、両親が私のもとを訪れるときにも浜田さんと会食し、社会や人生や芸術について3人が楽しく語らう様子を嬉しく見ていました。私がイェールとハーバードでの精神科研修を終える頃には浜田さんは「アベノミクスのブレイン」としてもご活躍されていました。
また、両親を通じて浜田さんの精神科の症状や治療について、息子さんが同じくうつ病を患い、自死で亡くなられた経緯に接することにもなりました。その経験をいつか公に語りたいと話されるのも耳にしました。そんな浜田さんと母の信頼関係によってこの本は生まれ、メンタルヘルスへの理解を広げたい、精神症状に苦しむ多くの方が必要な助けを求めるハードルを下げたい、との思いを共にする私がバトンを受け取らせていただきました。
この本の出版にあたり、浜田さんの強い希望で、私は30年来浜田さんの主治医をされているマイケル・ボルマー先生と話す機会を持ちました。ボルマー先生は実は私の研修医時代の指導医の一人でもあります。彼は浜田さんについてこんなふうに述べていました。
「うつを公にすることにはリスクがある。特に強い偏見のある日本ではそうだ。自分の評判はどうなるのか? 家族や友人からの目は変わってしまうのか? しかし、浜田さんは10年以上前から、リスクをとっても闘病を語る本を作りたいと強く願っていた。それだけに、この本は社会への大きな貢献となるだけでなく、浜田さんにとっても意義深い。自身の過去やトラウマ、うつであった事実に正面から向き合い、その経験を言葉にすることには、さまざまな思いを昇華させる目的がある。そうやって88歳の今も成長し続けられるのは素晴らしく、まさにエリクソンの言う発達段階の尊厳と叡智の達成と言えるのではないか」
2024.08.02(金)