人間らしく生きるためのムーブメント

 マッチャーはまた、自分たち若い世代を直撃した労働環境の悪化についても訴える。彼女自身、ハーバード大を卒業したにもかわらず(専攻は英語とスペイン語)、不況のため地元に戻りノースカロライナ大学の研究室で単調な事務仕事に就いていたという。一流大学を卒業しても就職がままならず、運よく就職できても、長時間労働でこき使われる。ガラスの天井はいまだ厚く、キャリアアップもなかなか望めない。アメリカは日本と違い、育休・産休がろくに整備されていなから、ママ社員となるとお荷物扱いされ、職場から追いやられてしまうのだという。

 そこには、アメリカといえども男性中心の働き方にあわせないと評価されないという苦い現実もある。だが彼女たちは、旧来の会社組織から「選択的に戦線を離脱」したのだと主張する。すなわち、いまの時代に専業主婦になるというのは、企業社会を捨てて人間らしく生きるためのムーブメントであり、新しい働き方なのだ、と。家庭に閉じ込められていた伝統的な主婦とは違う。それゆえバージョンアップの意を込めて、ハウスワイフ2.0とマッチャーは名付けている。

既存の社会にNOをつきつけるサイレント・パワー

 彼女たちは、在職中に培ったビジネススキルを生かしてネットを駆使し在宅起業もする。販売するのは自分たちが手作りした編み物や食器など。セレブ主婦ブロガーとして全米の憧れを集める女性もいる。本文にも登場するメイン州の農場で5人の子どもを育てる若いママによるブログ〈スーレ家のママ〉をクリックしてみてほしい。蠟燭の仄暗い炎が照らし出す満ち足りたリビングルーム、羽根の仮面をつけて木立のなかを戯れる幼子の情景など、その美しさと幸福感に打ちのめされてしまう。一方で、主婦ブロガーのなかにはビジネスへと結びつけてサクセスを果たす強者もいる。

 オーガニック志向が強いのも特徴だ。すべての食事を有機食材で手作りするのみならず、裏庭で鶏を飼ったりもする。また自然派育児に情熱を傾け、ホームスクーリングにも積極的だ。本書を評したニューリパブリック誌の表現を借りるなら、「職場に幻滅した女性たちが、自宅をホームベースとしたスローで持続可能でしあわせを実感できるライフスタイルを選んでいる」という。そんな彼女たちの存在は、既存の社会にNOをつきつけるサイレント・パワーとなる可能性も秘めているのかも知れない。

ハウスワイフ2.0

著・エミリー・マッチャー、訳・森嶋マリ
本体1,600円+税 文藝春秋刊

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2014.03.06(木)
撮影=Jamin Asay