【KEY WORD:ハウスワイフ2.0】
「新しい主婦」というような意味合いの「ハウスワイフ2.0」ということばが注目を集めています。発火点となったのは、アメリカの女性ジャーナリスト、エミリー・マッチャーさんが書いた同名の本です。原題は『Homeward Bound』。家庭に回帰しようというような意味ですね。
紹介されているアメリカの新しいハウスワイフは、たとえば「編み物や食器を手づくりして販売」「育児は自然派で」「高収入より、田舎でほっとできる暮らしを」などといった感じで紹介されていて、これだけだと「金持ち女性の道楽じゃないの?」「そんな生活できる人はごく一部だけ」と反発を感じる人もいるでしょう。でもこのハウスワイフ2.0というのは、それほど単純な考えではありません。
アメリカの20世紀は、女性が社会進出する時代でした。特に日本の団塊世代にあたる戦後生まれの「ベビーブーマー」女性は、男社会だったビジネスの世界に入り、男と同じような激務をこなし、ハードワークに耐えてきたんですね。そういうなかで家庭と仕事が両立できずにからだや精神を壊してしまったり、結婚しなかったり結婚生活に失敗したりと、さまざまな苦しみも抱えていかざるをえませんでした。それでも経済的豊かさが続いている間は我慢できたかもしれませんが、いまのアメリカではホワイトカラーの収入がどんどん減って、中流階級の没落なんていうことがさかんに言われています。
そういう状況を目の当たりにしている若い女性たちのあいだで、「男まさりのキャリアウーマンを選択して、本当に幸せになれるの?」という疑問が生じてくるのは当然のことです。だったらそんな苛烈な職場を選ぶよりは、自宅でウェブのビジネスを始めたり、手づくりの製品を作ってエッツィー(自分のつくった手工芸品を販売できるサイト)やイーベイのようなストアで売ったり、さまざまなやり方で在宅ビジネスを起業した方がいいんじゃないの? という選択肢が出てくるのは当然のことでしょう。いまはインターネットが普及し、田舎に住んでいてもビジネスはできますし、ビジネスを起こすのに便利なさまざまなサービスもたくさんあります。
だからハウスワイフ2.0というのは「金持ち女性の道楽」ではなく、女性の社会進出というフェーズがひと段落した後にやってきた、多様な生きかたのひとつの可能性として捉えるべきなんじゃないかと思います。ポストフェミニズム時代の新しい現象といえるでしょうね。
実践できるのは、社会の中のごく一部
ただもうひとつ押さえておかなければならないのは、こういうハウスワイフ2.0的な生活を楽しめる人というのは、それでもやっぱり社会の中のごく一部でしかないということ。『ハウスワイフ2.0』の本にも、「完全なハウスワイフ2.0になるための四カ条」として、「男性も家事育児などに巻き込む」「経済的自立を心掛ける」「ほどほどに恵まれている層だと自覚する」「社会全体の利益を考える」と掲げられています。パートナーが育児や家事に協力的じゃないと成り立たないし、ウェブなどの在宅ビジネスでの自立もそう簡単ではありません。だからこれはそういうふうに周囲の人にめぐまれ、ある程度の才能を持った人でないと成立しないと言えるでしょう。その意味でこれは多様性のひとつの可能性とはいっても、平等が維持できなくなってきている格差社会におけるひとつの可能性である、という但し書きは必要なんじゃないかと思います。
この不可逆的な流れの中では、こういう格差を内包した多様性も認めなければならない時期に来てるんじゃないでしょうか。だからそこでは新しいノブレス・オブリージュ(社会的な地位と引き替えの社会的な責任)みたいなものが求められるし、だからこそ「四カ条」の最後に「社会全体の利益を考える」という要請が加えられているのだと思います。
佐々木俊尚(ささき としなお)
1961年兵庫県生まれ。毎日新聞社、アスキーを経て、フリージャーナリストとして活躍。公式サイトでメールマガジン配信中。著書に『本当に使えるウェブサイトのすごい仕組み』(日経ビジネス人文庫)、『グーグル Google』(文春新書)、『家めしこそ、最高のごちそうである。』(マガジンハウス)など。
公式サイト http://www.pressa.jp/
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