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 週末に、心が洗われる別世界へ出かけてみるのはいかが。少し車を走らせれば、そこにはおもてなしの心に満ちた極上の宿が待っている。

 旅行作家の野添ちかこさんが、1泊2日の週末ラグジュアリー旅を体験。今回訪れたのは、長野県・湯田中温泉にある「松籟(しょうらい)荘」。

 火事からの復活を遂げ、2024年、新たな歴史を刻み始めた。東京・練馬インターチェンジから向かうなら、上信越自動車道の信州中野インターチェンジを経て約3時間で到着する。


露天風呂と坪庭を備えた5室の宿が、2024年に復活

 2021年に火事で焼けた、国の登録有形文化財にも登録されていた老舗旅館「よろづや松籟荘」が3年の歳月を経て復活、2024年3月に客室数5室の「松籟荘」として再始動した。

 宿が保有していた、TV番組で500万円と鑑定された掛け軸や、北大路魯山人作の鉄の行燈・壺など、お宝ともいえる芸術品や調度品はすべて灰燼(かいじん)に帰したが、「人命が失われなかったことは不幸中の幸い」(7代目館主の小野誠社長)と前を向き、小野社長自らが創りたい宿の設計図面を引いた。

 防災上の許認可のため、木造で建造することは叶わなかったが、内装に銘木を使い、漆喰の壁で塗り込めて「純和風の数寄屋づくり」を貫いた。

 館内の家具は無垢材の曲線美と艶やかな漆塗りが特徴の松本の民芸調。そのシックなフォルムが落ち着いた和の空間によく馴染む。

 1階にある客室は90平米以上あり、広々としている。空間が気持ちいいのは、天井が高く、日本古来の自然素材を取り入れた数寄屋づくりだからだろう。

 露天風呂へと向かう廊下の先には雪見障子があって、四季の移り変わりを愛でることができる風情ある空間となっている。また、ダイニングルームは寝室とは切り離されているから、寝室に料理の匂いがつくこともない。

 宿泊した客室「きく」には、旧松籟荘の特徴的な意匠「花頭窓」や襖(ふすま)の一部に明かり取りの障子をはめ込んだ「源氏襖」などが配され、優雅さが漂う。見えるところだけでなく、ドイツから輸入した遮音性と断熱性のある厚い壁材を採用して、快適性にもこだわった。

 松籟荘の名前の一部である「松」の葉を描いた浴衣は「注染(ちゅうせん)」とよばれる伝統的な染めの技法を用いた上質なもの。やわらかなタオル、遠州紬の部屋着、石けんに至るまで肌に触れるものは一つ一つ、女将やスタッフがセレクトしている。

 2階の客室は、ツインベッドが置かれた60平米のベッドルームである。シックな民芸調家具の特注品がぴったりと収まり、家具好きな人にはたまらないだろう。「こんなインテリアにしたい」と部屋づくりの参考にする人もいるかもしれない。

 「旧松籟荘を建てた祖父は、松本民芸家具の創始者、池田三四郎さんと親しかったので、今回の松籟荘復活に合わせて、民芸調の家具を新調したり、リペアしたりして、織り交ぜて使っています」と話すのは小野社長。

 ラウンジに置かれたヴィンテージの松本民芸家具に座ると、体に沿う曲線のフォルムがなんともいい。ラウンジでは隣村の木島平の伝統工芸品、内山手すき和紙を使ったしおりづくりの体験もできるので、ぜひ挑戦したい。

2024.06.08(土)
文・撮影=野添ちかこ