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今作は、生活を丁寧に描くことを意識

――『にゃーの恩返し』を描くときに、意識していることはありますか?

山崎 『にゃーの恩返し』では生活を丁寧に描こうと決めているんです。これまでの漫画と比べると、小物をきちんと描いていますね。そうすることでキャラクターの生活が立ち上がってくるんです。

 例えば第1話だったらアヤとシュウの買い物袋の中身とか、洗濯物の山、玄関に置かれた段ボール。それにアヤがウインナーのゆで汁をインスタントみそ汁に入れたり、どこかでもらったケチャップを使ったり。

 私の姪が第1話を読んだ時にそういう描写を喜んでくれたので、「そういう部分を楽しむ人がいるんだな」とわかりました。それで「じゃあもっと頑張ろうかな」と思えたんですよね。雑な性格のアヤを丁寧に描くイメージで進めています。

――アヤは冷えた牛丼をマヨネーズと卵で炒めて「牛丼炒飯」を作るなど、面白い発想の持ち主ですよね。彼氏との結婚にも積極的ではないし。

山崎 アヤは少し田舎で看護師として働く自立した女性なんです。彼氏と別れても生活に困らないから本人は結婚もあまり意識していなくて、人生の重きをそこに置いていないんです。

――山崎さん自身がアヤに共感する部分はありますか?

山崎 あまりないですね。私の性格は雑ですけど、生活は雑ではないんです。読者の皆さんには、彼女の今後の選択を楽しみにしていてほしいです。

食べるシーンがこんなに難しいとは

――前作『アンダーズ〈里奈の物語〉』(文藝春秋、原作/鈴木大介)は少女売春が題材でした。今作とはかなり作風が異なりますが、共通点や相違点はありますか?

山崎 『アンダーズ〈里奈の物語〉』は「まだ10代が描けるか」というチャレンジでもありました。そういう意味では、『にゃーの恩返し』も20代のカップルが登場するので、「若いキャラクターを描く」という点では共通しているかもしれません。

 でも中身はかなり違って、『アンダーズ』はシビアなストーリー展開だった分、『にゃーの恩返し』は明るい雰囲気なので描いている時の気分は異なりますね。

 猫のミケって人間に変身するとずっと笑顔のままなので、描いているとやっぱり気分が明るくなります。でも私は笑顔を描くのが苦手で、「ムッ」としている顔の方が描きやすいんですよ。こんなに笑顔のままのキャラクターって、これまでに描いたことがなかったなと改めて感じています。同じ表情にならないようにいろんなパターンを考えていますね。

 あとは、嬉しそうに食べるのも難しいです。健康的に美味しく食べてほしいから、頬張る様子がもっと読者に伝わるように描きたいですね。食べるシーンがこんなに難しいとは……! 今作で身に沁みてわかりました。

インタビュー【後篇】に続く

山崎紗也夏(やまざき・さやか)

1974年栃木県生まれ。1993年「ヤングマガジン増刊ダッシュ」の『群青』でデビュー。代表作にドラマ化した『シマシマ』(講談社)、『サイレーン』(同)、『レンアイ漫画家』(同)のほか、『アンダーズ』(文藝春秋、原作/鈴木大介)などがある。

にゃーの恩返し ~2人と1匹のウチごはん~ 1

定価 770円(税込)
文藝春秋
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次の話を読む「クライマックスのセリフを思いつく 生き方ってしんどい」20年描き 続ける漫画家が辿り着いた漫画道

2024.05.25(土)
文=ゆきどっぐ
撮影=深野未季