そこまでの決然たる意志をもって、坂本はこのときの演奏に臨んでいたのだ。

 

全編モノクロ、抑制的な演出の中で全20曲

『Opus』は全編モノクロの映像で、2000年から愛用したヤマハの自動演奏機能付きグランドピアノを弾く、坂本の姿を映しだす。

 ときおりクローズアップになる手は、モノクロなので、実際のむくみや黒ずみを伝えない。

 このとき撮影に立ち会ったヤマハの調律師によれば、坂本は「体調に合わせて鍵盤の反応を弱くすることを求め、そのうえで『全体に暗く、ダークな音』にすることを望んだ」という(※1)。それもあってか、演奏には深い陰影が刻まれている。

 音楽映画としてはかつてないほど、『Opus』は静謐だ。

 坂本はひとつひとつの音を、音と音のあいだの響きまで慈しむように、ゆっくりと打鍵する。妙なる旋律が、生まれては消えていく。

 演出も、演奏と調子を合わせるように抑制的で、あからさまに目を引くものではない。

 しかし深い静けさのなかに沈み込んでいく感覚を味わううち、やがて演出の意図するところが見えてくる。

 光と影を操り、全20曲を通して表現しようとしたのは、時の移ろいにちがいない。

まるで満月が照らされるかのような「The Sheltering Sky」

 映画が終盤に差しかかり、「The Sheltering Sky」の演奏が始まると、光は薄れ、スタジオが闇に包まれる。

 と同時に、カメラは横移動していき、ピアノを弾く坂本の頭上に一灯のライトをとらえる。

 それはまるで夜空に昇る満月のようだ。

 満月――。

 坂本が音楽を担当した映画『シェルタリング・スカイ』のエンディングは、原作者のポール・ボウルズによる、次のモノローグで締めくくられる。

 

 坂本がその自伝をはじめ、たびたび引用してきたパラグラフだが、ここでは2012年から5年間にわたって彼に取材したドキュメンタリー映画『Ryuichi Sakamoto: CODA』で紹介された訳を引きたい。

2024.05.19(日)
文=門間雄介