そんなこんなの経験が後に活きてこんな小説になるのだから、読書も観劇も「ただの道楽」「不要不急のもの」と決してバカに出来たものではないだろう。たとえそれらの経験を小説等に活かすことがなかったとしても、色々なエンタメを存分に楽しめたのだから、それだけで人生充分にお得だ。

 読者の皆さまにも、是非これからも心おきなく読書や観劇を楽しんでいただきたい――きっと作者も心から願っているに違いない。

 現時点で稲羽白菟は三作の長編ミステリーを上梓している。文楽と生き人形、母子の情愛が主題の『合邦の密室』、歌舞伎と忠臣蔵の虚実、血統主義の悲劇が主題の『仮名手本殺人事件』、オペラと映画と都市伝説が主題、フランス、カンヌを舞台にした擬海外ミステリー『オルレアンの魔女』。

 コージーの系譜にある本作と違い、長編三作はあえて大上段に構えた王道志向のシリアス・ミステリーであるが、主題とする古典作品の扱い方、テーマの傾向、小説のドラマツルギー(作劇法)、そして、重厚ながらも親しみ易い読み味など、同一作者ゆえ作品に映る「作家性」は当然共通しているので、本作をお気に召した読者の皆さまには是非とも既刊も併せた読書をお薦めしたい。特に『仮名手本殺人事件』『合邦の密室』――――劇評家・海神(わだつみ)惣右介(そうすけ)が名探偵役の「海神惣右介シリーズ」は本シリーズと時代設定も重なるため、いつか両作がクロスオーバーする……などということもあるかもしれない。

 稲羽白菟。油断のならないミステリー作家である。

(劇評家)

 あとがきに代えて。稲羽白菟(小説家)

神様のたまご 下北沢センナリ劇場の事件簿(文春文庫 い 113-1)

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2024.05.14(火)
文=海神惣右介こと稲葉白兎