この記事の連載

 東京にやってきたフランス人の著者が、マッチングアプリを通じた出会いについて綴り、フランスで話題を呼んだエッセイ『東京クラッシュ 男は星の数ほどいるけれど』(ヴァネッサ・モンタルバーノ著、池畑奈央子訳/ハーパーコリンズ・ジャパン)。

 刹那の恋、未遂の恋、本気の恋、東京独特のデートのお作法や恋愛のルールなどについて書かれた同書から、一部を抜粋し掲載します(前後編の後編始めから読む)。

©Aflo
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デートから見えてきた、日本の複雑な“人間関係”

 さて、ティンダーに話を戻すと、初歩的な日本語にもかかわらず、わたしはついに最初のデートをすることになった。相手の名前はヒロ。まじめで優しそうで、しかも育ちが良さそうな顔立ちだ。わたしたちは新宿にある小さなイタリアン・レストランで会った。

 食事中、お互いに何度もスマホのアプリで翻訳された文章を見せながら会話をし、その結果、さらに話がかみ合わなくなることもあった。そんな散々なデートだったにもかかわらず、わたしたちはまた会うことになり、そして、友だちになった。

 こんなふうに、ティンダーでマッチングして出会った相手の何人かとは友だちになり、5年たった今でも、付き合いが続いている。日本に来てから、出会った人はたくさんいる。日本語学校や仕事先で出会った、あるいは友だちに紹介されたなど。

 でも、長く付き合える友人は決して多くない。日本を離れ、別の国に行ってしまったり、インドネシアやベトナム、アメリカなど母国に帰ってしまったりする友だちも多いからだ。これまで何人に「さようなら」と言ったことか。でも、あるときから別れの数を数えるのはやめた。

 ヒロと初デートを経験してから、わたしはティンダーでマッチした相手とカフェやレストランで会うようになった。でも、同じ相手と2回目のデートをすることはほとんどなかった。当然だ。5歳児なみのボキャブラリーの持ち主と化学反応(ケミストリー)が起きるはずもない……。

 それでも、わたしの拙(つたな)い日本語に幸抱強く付き合ってくれた彼らのおかげで、数カ月もたつと、わたしの日本語は飛躍的に上達した。マッチングアプリを通して、出身地や職業や育った環境が異なる男たちと知り合ったことが役に立った。外国語は同じ相手とばかり話していてはいけないと言われるが、まさにわたしはそれを忠実に実践していたことになる。

 その頃、わたしはデートに出かけ、バイトに行き、日本語を集中的に学び、すぐに使ってみるという生活を続けていた。つまり、日本語で男の人と会話し、日本語で働いて、日本語のテレビドラマを見る。そして、ティンダーで日本語の教科書に絶対にのっていない俗語を学んだ。

 そうこうしているうちに、縦社会で決まり事が多い、複雑な日本の人間関係が少しずつ見えてきた。日本人のさまざまな愛情表現も知った。男であるとはどういうことか? 日本では男らしさの定義は複雑で、しかも変わりやすい。いっぽう、女であるとはどういうことか? そして、日本の社会は何を女性に求めているのか? そんなこともなんとなく理解できるようになった。

2024.05.03(金)
文=ヴァネッサ・モンタルバーノ
訳=池畑奈央子