ドラマ主題歌は政治力だけで決まるわけじゃない

伊藤 あと、曲は全然Jポップのメインストリームじゃないのに、水曜10時のドラマ主題歌になっているところは興味深い。ドラマ「半沢直樹」に主題歌が無かったことにも通じるように思うんだけど、ドラマの制作現場にも「いい加減、チャラチャラしてんじゃねーよ!」的な風が吹いているかもしれませんよ。まーそれだけ、この曲がアティチュードを持っているとも言えますね。

山口 正直、今回のタイアップについては、ノーマークで、業界事情わからないです(笑)。でも、無名のアーティストの楽曲が主題歌になるのは、良い意味でびっくりしますね。

伊藤 アーティストのネームバリューではなく、単純にアーティストの声や曲が良いから、ドラマに合うから、という理由で抜擢されているとしたら、クリエイティブ視点で相当ステキ。

山口 同感です。クリエイティブ主導で決まっているのでしょうか? 半端に業界通を気取る人ほど、ドラマタイアップがいかに「政治的に」決まるかを語りますが、それだけではないんですよ。もちろんパワーゲームは重要なファクターですけれど、同時に、監督の嗜好や、プロデューサーのこだわりなど、楽曲の力も無視できない。

伊藤 そういう“力”で物を作っていかないとクリエイティビティは死んでいってしまいますよ。あと、「誰か私を」をはじめて聴いたときに森田童子が頭に浮かびましたね。ピアノのイントロ、声の存在感、自分自身をネガティブに描写している詞、「ぼくたちの失敗」は時代のメインストリームでなかったと思うんですけど、当時話題のドラマの主題歌だった。93年の「高校教師」、10年後の「高校教師」のリメイク版、それからまた10年たっての「明日、ママがいない」の主題歌に「誰か私を」、なんかありますね。

山口 「高校教師」も野島伸司作品ですね。

シンガーソングライターならではのマジックが起きた楽曲

山口 楽曲そのものに対する印象はどうですか?

伊藤  「私なんかダメだよね」と言いながら強さがあり、「悪いのは私じゃない」って言いたそうでもある。「私は変わらないから!」っていう頑固さがあり、「私を理解してくれる人じゃないとイヤッ」と突き放しているようにも感じる。なんか、清楚で我がままで寂しがり屋な印象です。そしてピアノと声の混ざり方がなんとも言えない世界を作っていて、コトリンゴのアイデンティティを放っています。

山口 内省的な歌詞ですが、パーソナルを突き詰めると、ぐるっと回って普遍化するという、シンガーソングライターならではのマジックが起きている曲だなと思いました。

伊藤 情景描写など無い歌詞なのですが、絵が溢れる世界観ですね。

山口 恒例の「妄想分析」では、どんな絵が見えますか?

伊藤 鼻の高さほどの石塀の上から中を覗くと、手入れの行き届いた庭の向こうに築100年にもみえる日本家屋の縁側。その奥にみえる6畳の和室の真ん中にぺたんと座った少女がいる。まだ4歳ぐらいだけど、しっかりした目鼻立ちにツインテール、真っ赤なワンピースはまるで中原淳一の絵の中。赤毛のアンに似たフェルトの人形を左腕に抱き、右手で中世ヨーロッパ風の手鏡を自分の顔に向けている。手鏡を覗きこんでは、その直後に囁くように人形に話しかけている。きっとお人形さんとオシャレに関する話をしているんだろう。
 微笑ましい景色、その中心にいる少女に目を奪われていたが、右手に握られた手鏡に目をやると、ゆらゆらと左右に揺れている。まるで潜望鏡が敵艦を探すように右に左に、そして少女の2つの目が映ったところでピタリと止まる。鏡越しのそれは黒いビー玉たち、三月の雨のように冷たい。
 この曲を聴いて、もう一度頭から聴いたときには、イントロにこんな映像が溢れてました。

山口 普段以上に想像力を刺激されたみたいですね。

コトリンゴ「誰か私を」
エイベックス・エンタテインメント 2014年3月5日発売
525円
■キリンジの新メンバーとしても活躍するコトリンゴの新曲は、日本テレビ系ドラマ「明日、ママがいない」の主題歌。ノスタルジックで切なさを感じさせながらも、光が差し込むような楽曲。カップリングには、アルバム『SWEET NEST』の収録曲「classroom」を、ストリングスカルテットと共演した新バージョンで収録。
■「誰か私を」作詞・作曲/コトリンゴ
■オフィシャルサイトURL http://kotringo.net/

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2014.02.25(火)