小池 本当に心に響きます。なにか暗唱できるような文章ですよね。短くてね。
川上 そう。質感というか、人間の体の感じがある。もう去った夫と自分との間の関係が、ただ枇杷を食べるというシンプルな動作の描写だけで、濃密に感じられる素晴らしい文章です。
生理感覚の表現はいい意味でリアル
小池 この随筆集では他にも、愛する者の死について書かれたものがあります。喪失感とはまた別の視点で、幸田文が父、露伴との最期のやりとりを書いてますね。「終焉」というタイトルで、血が噴き出る様子をつづっている。すごい文章ですよね。
「痛みも無くがぶっがぶっと出る血は恐ろしいものであった。室(へや)はなまぐさく、私にも、からえずきが上って来、せつなかった。(中略)ふと親一人子一人という感情が走って、突然、『おとうさん死にますか』と訊いた。『そりゃ死ぬさ』と変に自信のあるような云いかたをし、『心配か』と笑った。柔いまなざしはひたと向けられ、あわれみの表情が漲った」(「終焉」より)
川上 圧倒的ですよね。
小池 この人たちの生理感覚の表現の仕方を見ると、今の作家はそこまで書かないかなという気がします。いい意味でリアルです。
川上 かといって、あけすけということでは全然ない。
小池 なにか文学的高貴があるっていうか、品があるというか。
心身ともに強い女性作家たち
川上 須賀敦子も夫を亡くしています。武田百合子、幸田文、須賀敦子の3人は私が担当したんですが、選んだときは、そのことは全然意識していなかった。
小池 12年前というと一昔前だから、私たちもやっぱり変遷しているんですよね。
川上 私も今65歳ですから。
小池 私は去年の秋で71歳になりました。私たちが選んだ方々って、読み返してみると心身ともに強いですね。例えば野上彌生子。この方、私が住んでいる軽井沢のもっと北の方の北軽井沢にある大学村というところに戦時中、疎開していた。それも夫を東京に置いて、一人で。当時の大学村って、何にもないところで、避暑にはいいけれど冬なんか雪と氷に閉ざされるんですよね。
2024.04.13(土)
文=内藤麻里子