一方、インカㇻマッが頭につけているものはちょっと違って、刺繍はほどこされておらず、無地で紺色の、マタンプㇱよりは長い布を巻きつけて、前の方で結んでいます。

 これはチエパヌㇷ゚あるいはチパヌㇷ゚というもので、インカㇻマッは二重廻しにして額の前で結んでいますが、後ろから前に回したり、布の端を顔の両側に下げたりするなど、結び方にはいろいろなやり方があります。彼女が締めているチエパヌㇷ゚が紺色だというのは12巻のカバーでわかりますが、実際には黒い布が使われることが多かったようです。

 さて、このふたつの被り物にはどういう違いがあるのでしょうか?

マタンプㇱは必ずしも女性専用だったわけではない

 実は、マタンプㇱはもともと男性が狩りなどで山に入る時に締めたものだと言われています。つまり、マタンプㇱは男が締めるもの、チエパヌㇷ゚は女の締めるものだったわけです。古い写真などを見ると、確かに女性はチエパヌㇷ゚姿で写っているものが多いようです。とはいえ、古い写真でも女性がマタンプㇱをつけているものもあり、必ずしも男性専用だったわけでもありません。

『アイヌ民族誌』には、「女の間にこの文様つきのマタンプㇱシが流行し始めたのは明治の終わりごろと思われる」(283頁)と書かれています。「ゴールデンカムイ」の物語の始まりは日露戦争終了後、1907年の冬あたりに設定されているようです。1907年というのは明治40年で、まさに明治の終わりと言ってもよい時期です。

被り物の違いは、史実と物語に即した設定

 ということは、アシㇼパは当時の流行の最先端を行っていたということになりますし、アシㇼパより10歳くらい年上だと思われるインカㇻマッがチエパヌㇷ゚を締めているのも当然ということになりますね。考えてみれば、アシㇼパは父親のウイルクに、小さい頃からまるで男の子のように狩りの技術を仕込まれたのですから、男が狩りの時に締めるマタンプㇱをつけていてもおかしくはありません。

 このように考えていくと、このふたりの被り物の違いは、史実と物語の展開の両方に即した、とてもよくできた設定に思われます……が、実はフチもマタンプㇱを締めて登場しているんですね。これはまあ、アシㇼパが締めているのを見て、フチも真似をしたということにしておきましょうか。2巻11話でアシㇼパが言うようにアイヌは「新し物好き」だからということで。

「熊に始まり熊に終わる展開だと言っても過言ではありません」ゴールデンカムイのアイヌ語監修担当者が明かす、作中で描かれる“動物”に込められた“大きな意味”〉へ続く

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2024.03.03(日)
著者=中川 裕