鹿の狩猟法のひとつに、追い落とし猟というのがあります。大勢で鹿の群れを断崖絶壁に追い込み、踏みとどまることができずに落ちた鹿をしとめるという猟法ですが、そのような場所をユックチカウシ(ユㇰ「鹿」クッ「崖」イカ「越える」ウシ「いつも~するところ」)と呼びます。沙流川流域の紫雲古津にそういう地名があるそうです。このようないわば「まとめ獲り」のような猟法が通用したのは、おそらく鹿だけだったのではないかと思います。英語では、deer「鹿」も、sheep「羊」やcarp「鯉」も、単数形と複数形は同じ形で、deers とかcarps という言い方は通常はしません。これもまた基本的に群れで行動する動物という、同じ理由によるのではないかと思います。
この鹿を人間の世界にもたらすのはユカッテカムイ「鹿を下ろすカムイ」と呼ばれるカムイで、天界にいることになっています。アシㇼパも「ユㇰは『鹿を司る神様』が地上にばら蒔くものだと考えた」と言っています。このカムイは天界で大きな袋の中に鹿の尻尾だの角だのを貯えていて、それを地上に撒くと鹿の姿になって野山を走り回るのだそうです。このユカッテカムイと後で触れるチェパッテカムイの正体は今ひとつわかっていません。
鳥と狩猟の関係
ただ、天界にいるということからして、空を飛ぶもの――つまり鳥ではないかと思われます。地域によってはヌサ「外の祭壇」に狩猟のカムイが祀られています。ハシナウという枝付きのイナウを特別に捧げられるカムイなのですが、これも鳥だと言われています。22巻219話では、ヴァシリがチャㇰチャㇰカムイ「ミソサザイ」をスケッチしている場面が出てきます。
それを見ていたアシㇼパは、「もし熊が近くにいればチャㇰチャㇰ鳴いて熊のところに案内しようとするのに」と言って、「熊がいる」という松田平太の言葉に疑問を示します。また、4巻35話では、エゾフクロウについて「夜にこの鳥が鳴いた方向を追いかけると必ず羆がいる」と説明しています。
2024.03.02(土)
著者=中川 裕