小鼓自身、女性であり、孤児同然になり、さらには片腕を失うという多くのハンディキャップを背負っている。だが彼女は、「片腕でも女子でも、できることがあると証明したい」と、“女だてらに”兵法を学んで戦場へ飛び込んでいく。瀬良は小鼓に進むべき道を示し、癩病を患う千早は小鼓を肯定し、背中を押す。その意味では、本作は優れたシスターフッド小説であり、エンパワメント小説でもあるのだ。

 歴史に名を残す者の大半は男性であり、人類の半数を占めるはずの女性は脇役に追いやられてきた。日野富子や楊貴妃のように名が残っていても、「国を傾けた悪女」といった評価がなされることも少なくない。しかし当然のことながら、記録に残っていないからといって、存在しないわけではない。戦争の巻き添えを食って多くを失った人々を、「それがその時代の価値観だったのだから仕方ない」と切って捨てることは、過去に生きた人々への冒涜ではないだろうか。

 これまで多くの歴史小説家が見過ごしてきた、あるいは見ようともしてこなかった弱者(とされる人々)と正面から向き合い、彼、彼女らの視点を丁寧に拾い上げる。それこそが、小説家武川佑の最大の強みだと思う。

 近年では、かつてのように歴史上の偉人を経営の手本としたり、必要以上に礼讃したりといった傾向は減ってきている。歴史とジェンダーの関わりを扱った書籍も増え、多様な視点から歴史を捉えようという試みがなされている。

 それでも、歴史小説で取り上げられる人物はいまだに、大名や武将といった社会の上層部にいる人々が圧倒的多数だ。中世を舞台とする庶民の女性が主人公の小説ともなると、思いつくものは皆無に等しい。その点においても、やはり本作は稀有な存在なのだ。

 本作で第十回日本歴史時代作家協会賞作品賞を受賞した武川佑は、その後も関ケ原の戦い前夜を舞台にした料理人の少女の成長物語『かすてぼうろ 越前台所衆 於くらの覚書』、戦国末期の鎧職人が主人公の『真田の具足師』と、多作ではないものの一風変わった歴史小説を上梓している。

 願わくはこの先も、武川佑には歴史上の声なき声を拾い上げていってほしい。そして、今も社会に蔓延るマチズモ的価値観と、ともすればそれに陥りがちな歴史小説の世界に一石を投じ続けてほしいと、心から願う。

悪将軍暗殺(文春文庫 た 113-1)

定価 957円(税込)
文藝春秋
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2024.03.04(月)
文=天野純希(小説家)