この記事の連載
- 井上荒野インタビュー #1
- 井上荒野インタビュー #2
自殺ほう助のニュースをきっかけに描いた「錠剤F」
――「錠剤F」を表題にしたのはなぜですか?
井上 タイトルも怖い感じでいいなと思って。「錠剤F」は、ネットで知り合った人が自殺ほう助をしたというニュースを見て、「そういう時代になったんだな」と感じたことから着想しました。
――きっかけになったニュースを教えていただけますか?
井上 どのニュースが、というわけじゃないんです。「自殺したい人」と「人を殺したい人」がマッチングして、本当に殺人事件が起きるニュースは多く耳にしますよね。
社会の出来事を率先して小説にするタイプではないですけれど、流れてきたニュースの断片がずっと残っていて、例えば自殺ほう助で亡くなった方の親はどうしているのかな。友達はどう考えていたんだろうとか、思いを巡らせるんです。そうすると小説ができることがあります。
事件そのものというより、関わった人たちのことが気になるんですよね。自殺を手伝おうとする人はどういう風に育ち、どういう仕事に就くんだろうと考えてしまうんです。
――デビュー当時のインタビューを振り返ると、「意地悪な小説家にはなりたくない。変わった行動で変な人って決めつけないような小説家になっていきたい(旅の手帖.1989.5)」と語られていました。その言葉にも通じる考え方ですね。
井上 当時、そんなことを言っていましたか(笑)。
結局、自分で決めたいんですよね。ちょっといい話とか、逆にすごく嫌な話とか、いくらでもニュースやSNSで流れてくるじゃないですか。でも、「それって本当にいい話なの?」「その話の脇役から見た景色はどうなの?」「悪い話だとしても、それをいちいち記録してる人はどうなの?」と疑ってかかる部分があって、それはデビュー当時から変わってないと思いますね。
2024.02.12(月)
文=ゆきどっぐ
撮影=山元茂樹/文藝春秋