編集部が注目している書き手による単発エッセイ連載「DIARIES」の第9弾。今回は、2023年に手がけた「地上の骨」(第68回岸田國士戯曲賞最終候補作品)で演劇ファンを夢中にさせた「劇団アンパサンド」主宰の安藤奎さん。初めてのエッセイとして書いてくださったのは、アンパサンドの世界観ともどこか通ずる、子ども時代の不思議なお話です。

 仏様が落ちてきたのは、私が小学校三年生のときである。私は過疎の地域で暮らしている週刊少年ジャンプが好きな至って普通の子供だった。だが、いかんせん過疎の地域なので、ジャンプが入荷されてくるようなコンビニや本屋はなく、車で一時間行ったところにようやく本屋が入った大型のスーパーがあった。そこに二カ月に一回、親に連れて行ってもらえるのが楽しみだった。ジャンプはそのときたまたま発売されていた号を買うので、悪いやつだと思っていたナミが急に仲間になっていたり、嫌なやつだと思っていたビビが急に仲間になっていたり、恐いやつだと思っていたロビンが急に仲間になっていたりしたが、それでもジャンプを買うのは娯楽のない過疎の生活でのご褒美だった。

 その日も私はジャンプを手に取った。一番上のみんなが立ち読みしたやつじゃなくて、上から三番目のまだ誰も触れていないやつを引き抜く。どれだけ人の手に触れていないジャンプを買うかが贅沢な気持ちに拍車をかけるコツである。つるつるのジャンプをレジに出したとき、私と店員さんとの間から何かが落ちた。正確に言うと、私と店員さんの間の空間(私にとっては頭二つ分上、店員さんにとっては目線あたり)から何か小さいものが突然現れて、落ちたのである。それはほんの一瞬の出来事だった。店員さんはすぐに落ちたものを拾い、その状況がまだ呑み込めていない表情のまま、曖昧な感じで「落ちましたよ」と言ってきた。店員さんも明らかに私が落としたものではないことはわかっていた様子だったが、突然現れたそれをどう処理していいかわからず、とりあえず私に差し出したという感じだった。落ちましたよと言われた私も、もちろん私のものではないとわかっていたが、その突然現れたそれを見たいという一心で、平常心を装い、「ありがとうございます」と受け取った。私と店員さんは、何もない空間から物が突然現れるという突飛なことが起きたにもかかわらず、日常のようにやりとりを終えた。傍から見たら、レジで小銭を落とした小学生とそれを拾ってあげた店員にしか見えなかっただろう。

 レジを通り過ぎ、早速受け取ったものを見てみると、それはちょうどピーナッツくらいの大きさの金色の仏様だった。私に仏様を渡した店員さんを見てみると、そのあとも普通にレジをやっていた。すごい。店員さんって人に仏様を渡した後も店員の役割を降りずに業務を続けるんだな。店を出た私は、もしかしたらジャンプの付録かもしれないと思って、急いでジャンプの中を確認したが、もちろんジャンプの付録が仏様というそんなエキセントリックなことはなかった。

 私は、手の中で輝いている小さな仏様を見て興奮した。ソフトクリームのコーンの部分がラングドシャになっているお店に出会ったときも興奮したが、そんなの比じゃなかった。帰りの車の中で早速父に自慢した。父は、撫でれば大きくなるよと言った。私は仏様を宝物箱に入れた。

2024.02.07(水)
文=安藤 奎