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差別に抗うには「何段階かある」

ーー最近ほかに気になっている研究はありますか?

 最近興味深かったのは「非モテ研究」です。男性にはまずモテなければいけない強いプレッシャーがある。これは非常に嫌な言い方ですが、女性を所有して言うことを聞かせられるようでなければ、一人前の男とはいえないというプレッシャーなんですよね。それで一生懸命モテようと頑張ってみたけど、モテなかったってことでミソジニー(女性嫌悪)を募らせていく。

 本当はモテや恋愛のプレッシャーがなければ、マジョリティ男性だって楽になるはずなのに、それに取り憑かれている。そのあたりはマジョリティ男性も苦しんでいることで、それに気づいてほぐしていくと、マイノリティに対する流れ弾みたいなものも減ってくるんじゃないかと思うんですよね。

ーーたしかにフェミニズムに対して、最近「男性学」にもスポットが当たっているのはその流れの一つなのかもしれません。ただ、「マジョリティの生きづらさ」に注目が集まりすぎて「みんな苦しい」「むしろマイノリティは優遇されている」と感じて、よりマイノリティを攻撃している場面を見かける機会も増えました。

 女性専用車両に腹を立てている人などもそうですよね。なぜ、その車両を作らなければいけなかったのかということに目が向かなくて、俺は今不快だぞということに向かってしまう。沖縄も同じ状況にあります。日本中不況で苦しいのに、なんであいつらだけわがままを言っているんだ、国を守らなきゃいけないというのに基地がないと困るだろと非難の声が向かってしまう。

ーー本当は権力側など、一番強い人達に目を向けなければいけないのに、よりか弱い方に攻撃の矛先が向かっているのが現状です。

 マジョリティ側は、自分の不満がどこにあるのかに直接目が向いていない。将来の不安、プレッシャーに対して苛立ちを感じているんだろうけど、その根本の原因が社会や制度や慣習などにあることに気づけないと、なんか幸せそうに見える人たちに目が向いてしまう。

 マイノリティであっても、実際に報道で取り上げられるのはパラリンピアンやインフルエンサーのような目立つ方。そういう人たちが生き生きと語ってるのを見ると、なんだこの人たちもう困ってないじゃないって思ったり、俺のほうがよっぽど大変なんだと感じてしまう。

ーー現職の国会議員がアイヌや女性やLGBTQ+に対し、先導して差別を煽るような人権侵害の発言を繰り返しているのも要因のように思います。

 そうですね。それでも、若い人たちは一世代前よりも人権感覚を持っている人が増えていると感じます。やはり教育でステレオタイプな思考を剥ぎ取っていくことが大切なんでしょうね。知識を身に付けるだけで、全然違うと思います。

ーー実際に私たちが差別に抗うためには、どういう行動を心がけたらいいのでしょうか。
 
 何段階かあると思います。まず一番最初は、どういう差別があるかを知ること。誰に対しての差別が、どういう風に存在してるのかを知らなければ対処しようがありません。私もアイヌ以外の他のマイノリティに対して、何か繋がりたいっていう気持ちはありますが、大前提として知識が必要だと思っています。問題になっていることを当事者に聞くのは失礼なことで、それはなるべく自ら学ぶ必要があると思います。

 それからその次は、どう対処するのか。私は性暴力被害者の方々が訴えている「アクティブ・バイスタンダー (積極的に被害を止める第三者)」の重要性に賛同します。

 性暴⼒やハラスメントが起こった、もしくは起こりそうな場⾯に居合わせたときに、ただ⾒ているのではなく、“積極的に働きかけることで被害を防いだり、最⼩限にする⾏動をとる⼈”のことで、加害者の注意をそらせたり、第三者に助けを求めたり、証拠を残す行動を積極的にとるようにする。こういう、その場で自分ができる対処法をあらかじめ知っておいて、防災訓練みたいにとっさに行動できるような準備をしておくことが大事だと思います。

 今のは個人的な対処の仕方ですけど、制度レベルの対処としては、やはり差別禁止の罰則のついた条例なり法律をつくるように働きかける。個人的な善意の行動だけでなく、マイノリティの権利を保護するための法整備を進める動きも同時に必要ですね。

北原モコットゥナㇱ

1976年東京都杉並区生まれ。北海道大学アイヌ・先住民研究センター教授。アイヌ民族組織「関東ウタリ会」の結成に両親が関わったことで、文化復興や復権運動をはだで感じながら育つ。著書に『アイヌの祭具 イナウの研究』(北大出版会)『ミンタㇻ1 アイヌ民族27の昔話』(小笠原小夜氏と共著、北海道新聞社)など。

アイヌもやもや: 見えない化されている「わたしたち」と、そこにふれてはいけない気がしてしまう「わたしたち」の。

北原モコットゥナシ/著
田房永子/漫画
定価 1,760円(税込)
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2024.01.24(水)
文=綿貫大介