――スカイツリーという都会的でモダンな木のもとで、平山は古い本と古い音楽と古いカメラを愛し、仕事上必要なガラケーは持っているけど、スマホもテレビもない生活。ちょっと仙人的といいますか(笑)。

ヴェンダース 彼は古風なキャラクターなんだ。そして、少し理想化された男でもある。彼のような人はもうどこにも存在しないのかもしれない。でも、演じてくれた(役所)広司があまりにも説得力のある演技をしてくれたので、いまや僕たちはみんな「平山はいる」と信じているんだけどね。

 

なぜ主人公・平山はカセットテープで音楽を聴くのか

――平山はいつも車で音楽を聴きますが、それが全部カセットテープです。監督の発案ですか?

ヴェンダース 脚本を書いているとき、卓馬(注:プロデューサーであり脚本をヴェンダースとともに書いたクリエイティヴディレクターの高崎卓馬氏)と僕は平山がちっぽけでボロボロのバンを運転している、と決めたんだ。そのとき、バンにはカセットプレイヤーしかついてないから、平山もカセットテープしか持ってない、というアイデアを思いついた。

 平山はあるとき、それまでの生活やもっていたものをすべて捨て、押上のアパートに住み、トイレの清掃員になったんだろうと思うけど、そこへ至るまで、彼に一体何があったのかは僕らにはわからないし、彼はそれを語ったりしない。

 だから想像でしかないけれど、おそらく、唯一捨てなかったものが古いカメラと古いカセットだったんだと思う。以来、彼はとても「幸せな男」になったんだ。

小津安二郎は僕のスピリチュアルマスター

――監督は小津安二郎監督を敬愛されています。今回の映画も、小津監督へのオマージュが捧げられているように感じられました。例えば、同じようなショットを繰り返して撮るのが好きだった小津のように、平山の「モーニングルーティン」を繰り返して描写したり、失われゆくものを慈しむ平山の姿が『東京物語』の笠智衆のようであったり。

2024.01.14(日)
文=辛島いづみ
Photographs=Takuya Sugiyama