ちょうどこのころ、ある編集者が小田のファンクラブ会報誌「PRESS」に文章を書いていた。当時、彼女は大病と闘うなかで仕事をしていた。その文章の書き出しはこうだった。

 小田さんは私の人生を見ている。
 きっとみなさんもそう思うように、私も思った。
 自分のアタマのなかを、日々の出来事を、小田さんは見ているんじゃないか。
 ずうずうしくも、思う。
 こと、人生の転機において。
 「小田さんはなんでも知っている」と。

 辛い時に、そっと見守り、励ましてくれる歌。小田の歌をそう感じる人は多いのだなあ、そう思ったものである。

小田にとっての2010年代

 アルバム「どーも」の中に、すでにシングルになっていた曲が3曲ある。「今日も どこかで」と「さよならは 言わない」「グッバイ」だ。

「今日も どこかで」は「めざましテレビ」(フジテレビ)のテーマソングとして知られるが、同時に小田が2008年のツアーに向けて作った楽曲でもある。「さよならは 言わない」も、2008年のドーム公演を前に作った曲である。

 還暦を迎えた小田が「さよならは 言わない」と歌い、「いちどきりの 短いこの人生 どれだけの人たちと 出会えるんだろう」(「今日も どこかで」)と歌った。この姿勢こそが、60代の小田を貫いていったように思われる。それが小田の2010年代だったといえようか。

 しかもその冒頭に、日本は東日本大震災を経験し、それはさらに小田の心情に拍車をかけた。若いころ、決して好きとは言えなかった「ツアー」だが、〈小田の歌を愛する人々に積極的に「会いに行く」〉、小田の2010年代は、そんな10年になった。

「秋ゆく街で」作詞・作曲:小田和正

〈著者プロフィール〉
追分日出子(おいわけ・ひでこ)
千葉県生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。「カメラ毎日」編集部、週刊誌記者を経て、『昭和史全記録』『戦後50年』『20世紀の記憶(全22巻)』(毎日新聞社)など時代を記録する企画の編集取材に携わる。著書に『自分を生きる人たち』(晶文社)『孤独な祝祭佐々木忠次 バレエとオペラで世界と闘った日本人』(文藝春秋)などがある。最新刊は『空と風と時と 小田和正の世界』(文藝春秋)

空と風と時と 小田和正の世界

定価 3,190円(税込)
文藝春秋
» この書籍を購入する(Amazonへリンク)

2023.11.26(日)
著者=追分日出子