この記事の連載

 戦争や気候変動、世界経済など不安なことが多い現代。既存の生き方では生きづらさを感じる人に、エッセイストの松浦弥太郎さんがおすすめするのは「エッセイストという生き方」です。自分の軸を作り、視点や考えを磨くことで、どんな人間になりたいかを考える方法がエッセイストのように生きることだと言います。

 「エッセイを書くことに救われてきた」と語る松浦弥太郎さんの著書『エッセイストのように生きる』より、一部を編集の上、紹介します。


「僕もきっと悪いほうに変わってしまうだろうなあ」

 「ドクター・ユアセルフ」(自分を客観視して、コントロールすることで、ほんとうの意味で健康的に生きていこうということ)ができるようになると、人生の分岐点でも冷静に歩を進められるようになります。

 じつは2022年は、僕にとって大きな決断をした年でした。

 2015年に『暮しの手帖』の編集長を退いてから、松浦弥太郎の名前で一生懸命にはたらいてきました。だれかのお役に立ちたいという気持ちからでしたが、正直なところ「もっとがんばらなければ」という気持ちもゼロではなかったのです。

 そしてあるときふと、「このままいくと、なにもかもが経済活動になっていく」と気づきます。でも、そのとき湧いてきたのは、うれしさや誇らしさではなく「ほんとうにいいのか?」という気持ちでした。

 そこで、いったい自分はどう生きていきたいのか、深く考えました。あらためて自分と向き合い、問うた。その結果、「人生において必要以上の経済活動をしない」と決め、その道をぱっと手放すことにしたのです。

 この決断をするまで、実際に考えた期間はほんのわずかです。

 それができたのは、エッセイストとして日々を積み重ねてきたからこそ。

 ずっと考えつづけてきたからだと思います。

 エッセイストとして僕は、たとえば「お金」や「投資」について考え、エッセイを書きつづけてきました。だから「お金や地位が最優先ではない」ということも、自分にとっての「ちょうどいい暮らし」がどんなものかもよくわかっていた。

 また、人間の弱さへの理解も深まっていました。若いころは「お金ごときで自分は変わらない」と高をくくっていたけれど、人間というものを知れば知るほど「お金を持っても変わらずにいることはかんたんではない」と思うようになっていった。「僕もきっと悪いほうに変わってしまうだろうなあ」と素直に思えました。

 人生の分岐点でエッセイストとして見つけてきた「秘密」たちをかき集め、どう生きるかを真剣に考えた結果、「自分の身の丈に合わない暮らしはしない」と決断できたのです。

 いま、自分にとって心地いい豊かさを維持できていて、毎日がしあわせです。

 エッセイストとして生きてきたことで、大事なときに自分で自分を守ることができた。「ドクター・ユアセルフ」を実践できたなあと感じています。

2023.11.02(木)
文=松浦弥太郎