「柔弱(よわ)くとも剛毅(つよ)く、剛毅くとも柔弱いもの」は何か──

 罔両子(もうりょうし)との禅問答で了助が導きだした答えは「人」だが、光國と泰姫の夫婦こそがその「人」そのもののように思えた。剛毅な光國は泰姫の前では時に柔弱さを見せ、か弱い泰姫は時に凜と剛毅い。気づけば微笑みながら二人のシーンを描いている自分がいた。

 本作『不動智の章』では、いよいよ「その時」を迎える。

 光國が父親を斬ったと知った了助の慟哭は胸が痛むばかりで、光國の悲壮な覚悟にも心動かされる。何より了助が事実を知り出てきた言葉。

 ──地獄だ。

 が、胸を貫く。

 事前のエピソードで罔両子が了助に語った「地獄も極楽も、人の心から生ずるもの」という台詞がここに来て大きな意味を持ち始めるのだ。

 おそらく凡庸な作家ならば、棒振りで認められた了助がやがて武士の道を歩む話に展開していきそうなところ、了助は武士になりたいとも僧の道に進みたいとも思わぬところがこの物語をより一層深いものにしている。了助は剣ではなく人を直接的に殺めることのできない棒振りの稽古を続ける。氷ノ介と闘うのならば剣を極めた方が効果的で、僧のように無心で棒を振ることを行にして悟りを得たい訳でもない。

 なぜ棒を振るのかと尋ねた罔両子に、了助は地獄を払うためと己の中から答えを紡ぎ出す。

 その了助が事実を知り地獄に落ちかける。拾人衆に迎えられ、鬼河童からせっかく人らしくなった了助が、光國に棒を振りかかる姿に痛々しさを覚えたその時、柳生義仙(やぎゅうぎせん)が現れ、「鬼を人に返す」と言い放ち了助をさらい、了助、光國、そして物語を救っていく。カッコイイ。飄々としてべらぼうに腕の立つ男・柳生義仙という新たな登場人物を得て物語はますます予測不能な展開へと広がっていく。

「心を置くな」「地面から歩き方を教われ」

 義仙は多くは語らぬが、その一つ一つの言葉が核心をつく。武士であって武士でない、僧であって僧でない義仙ならば、父親の死の真相を知った了助が心を開いていくのがよくわかる。

2023.10.27(金)
文=吉澤智子(脚本家)