さて、さかのぼることおおよそ4カ月。育休を取得することを決めて、いろいろと会社で手続きをしているころのことです。同じ職場で働く報道記者の後輩Hくんが少し前に一カ月の育休を取ったと聞いて、実にざっくりと「どうだった?」と尋ねました。するとHくんは、苦笑い、そう、まさに苦笑いを浮かべて、

「ううん、そうですね、まあ、もう育休はいいっすわ」

 え、どういうこと? 育休を取ることにワクワクとソワソワを同時に抱えていた私は少々面食らいました。とっさに思い浮かんだのは、

① 仕事がおもしろい時期だったので、早く職場に復帰したかった?

② 奥さんとケンカした?

③ 期間が短すぎて充実感を味わえなかった?

 くらいでした。で、Hくんに「なんで? どういうこと?」とストレートに聞きました。

 くりかえしますが、私としても育休を取ることを決めてワクワク、ソワソワしていたので、経験者の浮かない表情というのはめちゃくちゃ気になるのです。Hくんの答えは、私の想像したどれとも微妙に違うものでした。

「んー、1カ月もまとまって会社を休むのは初めてだったんで、もうちょっと自分の時間というか、たまっている読みたい本を読む時間くらいはあるのかなと思ってたんですけど全然なくて。それに、ずっと家にいるからか、妻とも妙にギクシャクしちゃって」

 

 な、なるほどー! これを聞いた瞬間、なんというか、覚悟が決まるような感覚と、どうすれば充実した育休だったと思えるんだろう、という思考回路がグルグルと回り始めました。これほど示唆に富む言葉はなかなかないぞ。ありがとう、Hくん!

 確かにサラリーマンが1カ月ものあいだ、会社を休むことは(とくに男性の場合)ほとんどありません。Hくんにしてみれば、それだけまとまって会社にも行かなくていい、取材にも行かなくていい、原稿も書かなくていい、深夜に及ぶ編集もしなくていいなんて、マジ? ほんとに? となると思います。そうなると自分の時間が取れて、ずっと読みたいと思っていた本とかも読めるんじゃないかと、私でも考えると思います。読書の時間なんて、実にささやかで健全な望みではないですか。

2023.09.26(火)
文=西 靖